ペーチャの話
宮本百合子

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)ジャガ薯《いも》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)おやじ[#「おやじ」に傍点]は眠ってる。
−−

 ペーチャは十一だ。サヴェート同盟の百姓の息子だ。うちには牝牛が一匹、鶏が八羽、豚が四匹に、猫と犬とがいる。
 春から秋の末まで、おとっさんとおっかさんは一日、朝から晩まで畑で働いた。サヴェートでは日本でタンボをつくるように麦畑をつくる。馬鈴薯、玉ネギ、キャベツなどもつくる。
 ペーチャの親たちは、自分の畑のほかに、村の金持の百姓レスコフの畑でも働いた、つまり小作をやっていたんだ。
 ペーチャはピオニェールで、学校ではよく勉強したし、家の仕事もよく手伝った。牛をキャベツ畑から追っぱらった。草苅をした。ジャガ薯《いも》掘りなんかと来たら、うまいこと、大人にだってまけやしない!
 ところが、村にこういう噂がひろまって来た。サヴェート同盟じゃ、今度すっかり畑の作りかたを代えちまうんだそうだゾ。一軒一軒がわけて作ってる畑をみんなまぜて、一つにしちまってみんなが共通で機械で耕したり、種を蒔いたり、苅入れしたりするようにするんだそうだ。村の年よりどもはビックリして早速教会の坊さんのところへかけつけた。そして、きいた。
「ねえ坊さま。いってえ俺たちの村はどうなるだんべ。畑の区切りなくして、お前さまノペタラに麦なんどこせえたら、どっからどこまでが俺の分だか、ひとにとられたって分りもしねえ。そういう集団農場なんてのは、いやだナア」
 坊主は、プロレタリアのサヴェートがきらいだ。サヴェートになってから農民はドシドシ字がよめるようになって来た。道理がわかって来て、この世にいもしない神様を信じて、坊さんに財布ハタイて布施を出すことをだんだんしなくなって来た。だからいつだってサヴェートの敵だ。村の年よりのグチをきいてこれ幸いと、
「そうとも! そうとも!」
とおだてあげた。
「集団農場なんか下らん! プロレタリア農民にいいことなんかないんだ。反対しなさい」
 村に伝わった集団農場の噂でビックリしたものがほかにもいる。それは富農のレスコフだ。
 太って、デカイ腹に時計の鎖をたらしたレスコフは或る日ペーチャの両親をテーブルの前へよびつけて云った。
「ナア、お前たち、こんどはいよい
次へ
全3ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング