出来ない。産前産後四ヵ月の有給休暇。無料産院。托児所。出産仕度金は月給の半額まで支給され、ソヴェト同盟の労働法は姙娠五ヵ月以上の婦人労働者と、生れて十ヵ月未満の赤坊を抱えた婦人労働者は、殆んど絶対に解雇することは許されない。
こないだまでの世の中とは何という違いだろう! 支配人の顔なんぞ見たこともない工場の職場を、今日は同じ労働者出身の工場監督が親しく笑ったり喋ったりしながら、仲間として指導して歩きまわる。工場委員会は自分らのものだ。もとは、夜会服を着た男や女だけが見物するものときまっていた国立オペラ・バレー、すべての芝居は、労働組合手帖で半額で見られる。
一年に一ヵ月の有給休暇があって、その時は絵でばかり見ていたようなクリミヤの離宮や大金持の別荘がプロレタリア、農民のための「|休みの家《ドーム・オトドイハ》」となっている。そこへ行って、台所の心配もぬきにして楽しく休める。工場では十三時間も働らかされ、搾られ、男の半分しか賃銀が貰えず、亭主には殴られていたロシア婦人労働者の日常生活は、そういう内容でかわって来た。
実際に労働して来たもの、人につかわれて来たものには、資本主義のもとでの搾取労働、奴隷のような労働と、ソヴェト政権のもとで社会主義の方法で組織された労働との違いは、骨肉にしみてわからずにはいられない。
そのねうちがわかれば、どんなに古風なロシアの年とった女でも、自分たちのソヴェトを支持しないではいられない。支持しようとすれば、どうしたって革命的な連中と会ってよく話をききたいし、あっちこっちの事実を知りたい気になる。妙な間違ったことを本気にしている連中には、ちゃんと教えてやりたい。その時まともに字も書けず、本もよめず、理屈のたったことも云えないというのは、この上なく不自由なことだ。
婦人労働者だって、農村婦人だって、今はソヴェト役員にも選ばれるのだ。党に属さない大衆からよけいソヴェト役員は選ばれている。
工場学校。労働クラブのいろいろな研究サークル。文盲撲滅の講習会。各大学・専門学校の労働科。それらのどこへ行っても熱心に学ぶ女たちの姿の見えない文化施設はソヴェト同盟のどこへ行ってもないようになった。
国内戦、饑饉、チブスの中から、不屈な革命的大衆の力でソヴェト同盟の新文化がモリモリせりあがって来たのだ。この時代、ソヴェト同盟の勤労大衆に、異常な関心をもたれる一人の若い婦人評論家が現れた。
それは、さきにふれたラリーサ・レイスネルだ。『プラウダ』紙に「戦線」という文章があらわれ、非常な注目をひいた。小説ではない。一九一八年から二〇年にかけてのヴォルガ・カスピ海地方における赤軍の活動、ソヴェト権力確立までの実録だ。が、その事実の歴史的、政治的把握の確かさ、文章の活々した情熱、恐ろしい困難、闘争、建設を貫き彼女が身をもって経験した数々のエピソードの感銘ふかさは読者をつよく動かした。写真を見たものは、みんなはレイスネルの優美さにおどろき、この優美な一人の女性が階級婦人闘士として、不撓に努力した活動ぶりに尊敬を深めた。
ラリーサ・レイスネルは、大学教授レイスネルの娘として一八九五年に生れた。早くからドイツやフランスに住み、カール・リープクネヒトなどと親交のあった大学教授レイスネルの家庭には、革命に対する真面目な関心があって、「十月」の頃ラリーサはまだ二十三歳だった。が、小さい時から革命的影響をうけていた彼女は「十月」と同時に、党員となった。チェッコスロヴァキア戦線へ派遣された。
また、ヴォルガ・カスピ海地方のあらゆる革命戦線に働き、共和国海軍司令部のコミサールをやった。
一九二〇年から二二年にかけてレイスネルはアフガニスタンへ外交官として暮した。翌年はドイツへ。
レイスネルの、豊富な革命的活動の経験、見聞は、「アフガニスタン」「バリケードのハンブルグ」「ヒンデンブルグの国で」となって続々あらわれた。
建設のウラル地方へ彼女が行った時に書かれたのが「石炭、鉄と生きた人間」だ。
レイスネルの初期の文章は、なかなか凝っている。いろんな外国語がはいったり、云いまわしが念入りだったりして、ソヴェト同盟の大衆にはむずかしすぎた。レイスネルは、然し、自信をもっていた。自分はレーニンの文章はきらいだ。あんな味もそっけもない、ボキボキした文章じゃないと云っていたが、彼女が段々革命そのものの中での活動を深め、成熟するにつれてその意見がかわって来た。
レーニンは素敵な文章家だと云うようになった。そして、彼女自身の文章もかわって来た。簡単に分り易く、しかもその一句一句が魂に刻みこまれるように書くことは、書こうとする事をそれだけハッキリ、強く掴んでいなければ出来ないことなのだということを、レイスネルも悟ったのだ。彼女の独特な芸
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