される実体があることの証拠です。極東裁判によって天皇が戦争に責任ないということを決められました。これにはずいぶんみんなが驚きました。そして反語的にいえば悲しみました。それほど一人の人間として、男として無能力者が日本の絶対者としての天皇だったということは、日本中に強烈な印象を与えています。世界がもし、日本の天皇を本当の元首とよぶにふさわしい人格をもった大人であると認めたなら、法律上の責任はともかく、人道上の責任について糺弾しなかったことはありません。そのひと個人の上に悲劇をもとめる心持はないけれども、人民に対して一軍人ほどの責任さえも負うにたえない人物であったということが証明されたことは、天皇制そのものがどんな形においても民主的日本には、もう必要がないことを明らかにしたことです。
 天皇が戦争責任を負うにたえない人物であることが証明され、彼の一族である皇族が生活の経済的基盤を闇屋に負っている実情と、ファシストやテロリストであった者が、「建設期に入ったから」と、それなりの「建設活動」を進行させている事実とを眺めわたしたとき、人民の権利というものについて無量の思いがあります。ファシズムに反対するというような言葉の上での決議や、戦争挑発にだまされないという小さな決意ぐらいでは、古い大組織をもち、国際的な旧勢力と無関係でない人民生活の破壊力に対して、決して具体的に抵抗できるものではありません。わたしたちは、あらゆる場所で、あらゆる場面で千差万別の形であらわれてくる、反人民的勢力のすべてと戦ってゆかなければならないと信じます。なんぞというと、このごろは恋愛談議がはやっているけれども、恋愛にだってまっさきに問題になるのはこの反人民的な勢力が、恋愛や結婚の上にどうあらわれるかということについての現実的な判断が必要なのです。この山岸敬明をみてごらんなさい。あや夫人は、けっしてただ賀陽のいとこで、おじさんにどこか似た京都風な顔をしているばかりではありません。テロリストであった山岸宏との間に、事件当時から灼熱のロマンスがあったのです。十三年に結婚してのち、山岸はふたたび不敬罪にとわれ、入獄している。そのあいだ、彼女は彼の支持者でした。こういう恋愛と結婚とに思想と感情の一致がないということはありません。山岸宏の姉妹の一人は、中国への侵略戦争の当時、男装して軍と行動をともにして一冊の本をかき
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