群集にかこまれ見っともない顔をまげて、考え、つづけた。
 ――俺やくざもんだ。誰も俺のこたあまともにいわね。……だが……俺、枕なしでええ。俺枕なしでおっちぬだ。ちっこいもんにさせるべえ。ちっこいもんはここでよく育って俺のトラクターとソヴェトの守手にならにゃなんねえ。こかあ、ビリンスキー村のどこよりきれえなとこなんだ。俺そう思う。誰がここさ酒くらって来たことがある! 誰が酒くらって托児所さ来たことがある※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
 無言の動揺が群集の間に流れた。誰かが低い真面目な声で呟いた。
 ――そりゃ全くだ。
 ――ぷう! 医者! 医者!
 ピムキンは、はぐき出してげんこをふりながら、皺の間へ涙こぼした。
 ――見ろ! 医者が托児所さ酒くらって来っことどこにあっぺえ※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
 イグナート・イグナートウィッチが、わきへよって煙草まいてる医者に近づいてしずかにいった。
 ――今日はお前さに帰って貰うべ。
 カンカン日の照る道ばたに、医者ののって来た二輪馬車がおいてある。ビリンスキー村のもんは、ひろく道をあけて医者とイグナート・イグナートウィッチとを通した。二三人地面へつばした。
 みんな、何ということなししばらくそこにだまって立っていた。やがてそろそろ散りはじめた。
 ピムキンは托児所の入口の段に腰かけ、ニーナの足許で頭かかえている。ペーチャはうんと永い間黙って歩いて、集団農場の乾草小舎のよこまで来たときニキータにくっついて小さい声でいった。
 ――ニキータ……いつか夜、ピムキン、トラクターへわるさしに来ていたんでは無えかったんだなあ。
 ――うん。
 青年共産主義同盟員《コムソモーレツ》ニキータは、考えこんだ顔で、立ったまんま人蔘色の前髪をひっぱってたが、やがて、
 ――よし、と!
 元気になってペーチャにいった。
 ――さあ来い! もう一っ働き、やっぺ!
 カン!
 カンコ!
 カン!
 カンコ!
 夏空は、燃えたって揺れもしない青い焔だ。花盛りのひまわりの根っこへ木《こ》っぱをとばしながらペーチャとニキータが、材木へチョウナをぶっこんだ。
 ペーチャは裸だ。裸の首へピオニェールの赤襟飾をちょいと結んでいる――



底本:「宮本百合子全集 第四巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年9月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第四巻」河出書房
   1951(昭和26)年12月発行
初出:「週刊朝日」
   1931(昭和6)年4月1日春季特別号
入力:柴田卓治
校正:松永正敏
2002年5月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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