の男にギッシリとりまかれている。
 ――何した?
 ――ピムキンが先生殴っただ!
 ――なぐった?――気べちがったか!
 ――早くイグナート・イグナートウィッチ呼ばってこい!
 ――畜生! 先生なぐるちゅう法あっか! 悪魔につかれてけつかる。見ろ! 村ぼいこくってくれっから※[#感嘆符二つ、1−8−75]
 ピムキンは、黄色いみっともない顔をふるわせ、二つの眼だけ空にある太陽のかけらはめたようにギラギラさせている。
 足を引ずるような小走りでイグナート・イグナートウィッチが駆けて来た。――集団農場全体が駆けつけて来た。或るものはサスかついでる。或るものは鎌を手からはなさず来た。
 ――畜生! 何ちゅうことしでかした!
 ――俺、だからいったでねえかよ。ピムキンみてな奴、集団農場さ入れるでなえて!
 ――子供《レビャータ》たち! しずかにしろ!
 ニキータがどなった。
 ――ピムキン、お前先生なぐったって、ほんとか?
 イグナート・イグナートウィッチが、ピムキンの肩ひっ掴んで訊いた。
 ――殴ったとも! 見な!
 ――見ろ! 先生血いまじったつば吐えてる。
 ――ピムキン! 知ってるか。われわれん村じゃ医者の数あごく少ねんだ。ブローホフ村からやっと来て貰ってる、お前その医者殴って、あとどうしるんだ? もう来ちゃくれめえ。ビリンスキー集団農場と托児所からお前、医者奪った。元パルチザンのすっことか?
 ――イグナート・イグナートウィッチ! 嗅《けえ》でくれ! 嗅でくれ! 医者の口を嗅でくれ!
 ピムキンはギラギラした眼と手でイグナトをせき立てた。
 ――どして。
 ――嗅でくれ!
 麻ルバーシカを緑色の絹紐でしめた、丸まっちい体つきの医者は、イグナートに向って自分から、
 ――どうもはや、村の連中にゃかなわん。
 そういって手を振りながら、また地面につばをはいた。そのはずみに医者はひょろついた。イグナートは、じっとその様子を見つめた。
 ――さて……
 髯をしごき、今は密集している集団農場一同に向っていった。
 ――同志《タワーリシチ》、集団農場員《コルホーズニキ》! どうすべえ? 医者は酔って托児所さやって来た。
 ――聞いてくろ! 俺《おら》、どげえな思いしてこの托児所こせえた? 一年かかって、てんでが家から、枕あ、敷布だしあって、やっとこせえたんだ。
 ピムキンは、
前へ 次へ
全20ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング