せ。――どこに「俺のもん」があるよ! 「主人《ハジャイン》」の持ちものあどこにあるよ!
 ――大きい声すんな……その代り、俺ら、働くにゃひとの道具つかってるでねえか――あげな大きいトラクターお前に買えるかよ。フフフフフ。
 ――おしゃべり! ぷう! ソヴェト権力じゃ女が男と同等だそうだから、手前《てめえ》は手前ですきな、代議員にでもなりくされ! 掟と亭主は女をしばらねえんだ。
 アグーシャは、大きな眼でジッと暗い窓の方を眺め、片手で頬っぺたを押さえて坐っていたが、やがて悲しそうにいった。
 ――おら、お前が、とくがねえ、とくがねえってのがわかんねえよ。去年、おらが心臓でぶっ倒れたとき、医者にかけてくれたなあ誰かよ。お前じゃねえわ。集団農場だ。ブリーシャのとこだってもよ。十五のグリーシャ、年がら年じゅうブガーノフの耕地さぼいこくられて、聖母さまのお水のんで命つないでた。それが集団農場で、今二人で六十ルーブリあとってるべよ。
 グレゴリーは、いきなりグイと濃い髯の生えた顎をもちあげそこにのってた皿がおどったほどひどい力でテーブルを打った。
 ――だ・ま・れ! わかったか? 一言も、つべこべいうな、許さねえ。わかったか。
 そとは星夜で、白樺や菩提樹の梢が、優しい春の若葉を夜気のなかに匂わしている。ペーチャは二三人の未組織の子供とニキータとで、村ソヴェトの横のベンチにかけていた。
 ――じゃ、間違えるな。あさっての三時から、ブガーノフの小舎へ集まるんだ。そして、みんなで塗るんだ。
 ――な、な、そのペンキってどんなもんさ。
 ――見たど、俺ら! 糊さ。
 ――どげえな色してる!
 ――はあ、とても真赤だど。
 ――ニキータ! ニキータ! 托児所真赤にすんか?
 ――え? 赤じゃね、白だ。……さあ、もう帰った! 帰った!
 ペーチャがしんがりで歩いていたら、一旦建物へ戻って行ったニキータが後から追いついた。そして、低い声で、
 ――お前《めえ》、見たか?
といった。
 ――何を……
 ――お前の親父、決議ん時手をあげなかったぞ。
 ――……アグーシャもか?
 ペーチャは、親父の後妻をいつも名だけで呼んだ。
 ――アグーシャはあげた。
 ニキータは、ウーンと胸をのばしてかぶっている小さい縁無し帽を手で額の後へずらかし、大きい息して、匂いの濃く柔かい夜気を吸いこんだ。
 ――親
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