でのこるような負債をさえ背負い込んだ。パリにおける偉大な地方人バルザックのいかにもその時代のフランスらしい成上り慾は決して彼が希望するような程度に充された時がなかった。彼が必死に富もうとすれば、より富んでいるものが更に富むために彼を詭計に陥れ、富者の権力、その法律はその富者の公然たる詭計を擁護し、裸同然の彼を追いまわし苦しめた。彼がブルジョアジーを猛烈に攻撃するのは、実に彼自身がその一人となろうとする慾望の邪魔をされつづけたからであり、彼の貴族崇拝、正統王党派的見解は、既に崩壊した階級の敵と個人としての彼の敵とが計らずも一致したからのことであったのである。
 それであるならばと、私共の心には別の疑問が生じて来る。どうしてバルザックは、その憎むべき階級ブルジョアジーを倒す新手の力、彼の怨恨の階級的な復讐力としての大衆を見ることは出来なかったのであろうかと。答えは、矢張り同じ源泉から引出されると思う。バルザックは現実社会との格闘において、彼が希望したように宏大な規模においてでこそなかったが、既に十分大きい名声と借金とともにではあるが富をも「所有し」その「感情をもっ」ていたのであり、大衆がそ
前へ 次へ
全67ページ中55ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング