のない天才の資質とをもって其を眺めた」バルザックが、複雑多岐な形態で各人に作用を及ぼしている社会的モメントをつきつめれば、それは二つのもの、色と慾とであることを観察し、更にこの二つのものにあって窮極の社会諸現象のネジは、外ならぬ金銭であることを結論したのは、疑いもなく他の追随を許さぬ彼の現実探求の積極性であった。
 ところが、ここに見落してはならぬことは、そのバルザックが自身の悲喜をも含めて運行するあらゆる社会生活の現象の奥に金の力を看破したと同時に、その威力に屈伏し、広汎な現実生活の社会性、歴史的発展の要因をその関係においては飽くまで受動的に固定させてしか理解し得ない状態に陥ってしまった事実である。
 金銭争奪とブルジョア階級の資本の集積のためにとられる結婚制度から殖民政策に到るまでの諸手段とその過程を、バルザックは完膚なく文学に描き出し、その点では全くマルクスやエンゲルスにとってさえも有益で具体的な資料を与えた。然しながら、バルザックは、その金銭が本質に含んで刻々に増大させつつある生産諸関係の矛盾や、それによって心然に惹き起される支配階級の質的変化という現実のより深い真相、歴史の動
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