けて出版した本の売上げが、一年にやっと二十部という目にあわした。たった三年の間に、十二万フランの負債をしょったバルザックは、遂に力つきて、美しい出版物を紙屑のような価で投げ売りにした。その時を計画的に準備し、待っていた同業者共は、労さず数万の利益を得たのである。
この恐るべき三年間を始りとして、バルザックは終生近代資本主義経済の深奥のからくりにふれざるを得ない立場におかれるようになった。彼は金の融通の切迫した必要から銀行の組織に精通し、パリじゅうの高利貸と三百代言を知り、暫くではあるが公債のためにサン・ラザールの監獄へぶちこまれた。再び狼の爪につかまれぬためには、変名して手紙を受とったり、住居を晦《くらま》したり、辛酸をなめた。母親とベルニィ夫人の助けで一時は凌いだが、バルザックはこの破綻で「単に貧しい男となったのみではない。」「苦しい借金を免れ、母から借りた金を返すために生涯の間休息も安眠も出来ず働かなければならない」端目に陥ったのである。「経済の安易を求めて却ってその困窮を招いた」わけである。
多くの伝記者は、バルザックが常に好んで「私の借金、私の債権者ども」と云ったことを記録
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