一文だって換えねえぞ!」
信吉が例の丸まっちい鼻をいからかして力んだら、源が、
「雪のあるうちゃ誰しもそう思うのさ。今に見ろ。春んなってアムグーンが流れ出して見ろ。つい、そんなことを云っちゃいられねえようなときがあるんだ」
だんだん会社のからくりがバレた。
それでも、××林業の現場はソヴェトの領土にあるおかげで、労働条件が内地よりズットましだった。ここでは日本人経営の会社に対してもソヴェト労働法がものを云うんだ。山また山の雪の中だが日本人もロシア人なみに八時間労働制だ。時間外労働は二時間ずつ一区切りで割ましがついた。ここでだけは、病気、怪我で休んでも日給は一文もさっぴかれずにとれた。
三
信吉が現場へ来て二ヵ月ばかり経った一月の或る朝だ。ロシアの真冬、七時と云えばまだ暗い。壁の高みに吊ったカンテラの光をぼんやりうけながらストーブを中央に二十何人寝ているのが、ぼつぼつ起きだした。
「……こりゃ今朝はひでえぞウ……かけてる布団の襟がバリバリだあ」
すると、二重硝子をはめた窓下に寝ていたのが、つづいて頓狂に叫んだ。
「ヤッ、こりゃえげねえ! もちっと知らずと寝て
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