るが、工場委員会の連中が、見張ってやがるんだ。……それにこの工場じゃ、もう一まわりすんでるんだ」
 コソコソ声で、グルズスキーがそんなこと云うんで信吉はなお気が腐った。
 ボーが鳴った。
 工場へ入って初めていやにはずまない気分で信吉が仕事場を出かけたらオーリャが、
「ちょいと! シンキーチ!」
 後からおっかけて来た。工場学校をすまして信吉と前後して職場へ入って来たばかりの婦人旋盤工だ。
「見たよ」
 人さし指を立てて信吉を脅かすようなふりをしながら、ハハハと笑った。
「…………」
 苦笑いして信吉はそっぽ向いた。
「お前、クラブへ行った?」
「いいや」
「じゃ来ない? いいもん見せてやるわ」
 木工部の横をぬけ、トロの線路を越して、花壇の方からクラブへ入ってった。
 昼休みは、若い連中で賑やかだ。
 運動部の室からフットボールを抱えて出て行く。開けっぱなしにした戸からチャラチャラ、幾挺ものマンドリンが練習している音がする。
 赤い布をかけた高い台にレーニンの胸像が飾ってある入口の広間へ来ると、
「ほら! 見た?」
 壁新聞の前へオーリャは信吉をひっぱってった。
「こりゃ、誰れ?」

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