が六十二ルーブリだったのが、今じゃ七十五ルーブリ以上だ。
 五ヵ年計画がはじまって、どの工場でも事業拡張だ。
 或る日、区職業紹介所から信吉に呼び出しが来た。
 窓口へ行って見ると、麻ルバーシカの男が、
「お前、自転車工場で働いてたことがあるんだな」
と云った。
「工場たって――小さい、田舎んだ」
「どっちだっていいサ。今、『鋤』で第三交代の旋盤工がいるんだ。行って見ろ」
「鋤? 何だね鋤って――」
「工場だ――農具をこさえる工場で、大きい工場だ」そして「お前が日本で働いてた、田舎の、小ちゃいんじゃないよ」剽軽に、信吉の訛ったロシア語を真似して笑った。
「体格検査をうけて、通ったら見習一週間。給料つき。それから本雇の給料は、工場委員会の技術詮衡委員がきめてくれる。――わかったか? サア、これがところ書だ」
 モスクワ、ヤロスラフスコエ街道。――
 モスクワも北端れだ。長く続いた工場の煉瓦塀の外に青草が生え、白い山羊が遊んでいる。貨車の引こみ線らしいものが表通りからも見えた。
 工場クラブの横に診療所があって、信吉といっしょに健康診断をうける男がほかに三十人ばかりある。
 信吉はズボンだ
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