ちも行くもんじゃなかった。十日に二日ぐらい日雇がある。日雇は三十銭から七十銭どまりだ。それで食うのはこっち持ちだ。
 分家も出来ないでふけた兄貴二人が、板の間の火の気のない炉ばたで、ときどき煙管《きせる》で炉縁をはたきながら額をつき合わしている。
 親父は裏の納屋の方でゴトゴトやってる。親父は小心で何かにつけて、兄貴たちを憚《はばか》っているんだ。
 信吉自身は、重苦しい空気を背中にこらえて、切戸の前へころがり、掌の中へかくして、半分吸いのこりのバットを、ふかしていた。
 徴兵のがれで嬉しいと思ったのなんか、こうなって見りゃあ糠《ぬか》よろこびだ。――
 ええ、行ってやれ!
 監獄部屋や蟹工船の話をきいている信吉には、××林業の現場とはどんなところか、不安でないこともなかった。だが、村を出るに贅沢云っちゃいられない。
 親分のハゲ小林という半ズボンに引率されて、アルハラの現場小舎へ着いたら、山また山の黒っぽい樅《もみ》の葉にサラサラロシアの粉雪が降りだした。
 日本人が事務員を入れて三十人足らず。ほかにロシア人の労働者が五六十人稼ぎに来ている。日本人は日本人のバラック、ロシア人はロシア
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