ずしながら、婆さんはワルワーラがナデージュダに唾をしっかけたことまで証言した。
「同志裁判官! 御免なさい、一言」
チェッ! 信吉は小鼻の横を指でこすった。裁判官が女だもんで、こいつは何とかごまかそうとかかってるんだ。
「妻に代って一言――」
「市民! あなたおわかりでしょう。ソヴェト権力は男と女とを平等な権利で認めているんです。あなたの妻に関係したことにあなたが口をはさむことは許されません」
「同志裁判官! そりゃ官僚主義です」
猫背の男は、演説をするように片手を前へのばして叫んだ。
「妻は病気になったんです。それにも拘らず」
裁判官は、穏やかに、キッパリそれを制した。
「ちっとも官僚主義じゃありません。私共は明後日でも、あなたの妻の体がなおるまで、いつまででも待ちます。彼女が出廷出来るまで事件は保留です。そう伝えて下さい」
そしてナデージュダと婆さんに、
「おかけなさい」
場内に満足のざわめきが起った。
左右の若い陪審員も、やっぱりこの女裁判官を尊敬し好いていることは、ちょっとした動作――例えば鉛筆をとってやったりするときのそぶりにだって現れている。
信吉は、感服して
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