口がある。各階の踊り場に色硝子をはめた大窓なんかがあるが、エレベータアはこわれていて動かない。
信吉は一段トバシに五階まで強行し、劉の住んでる戸を叩いた。
返事がない。
ドン、ドンドン。
ひっそり閑としている。チェッ! 誰もいやがらねえのかしら。
――どうとも仕様がない。もとの並木道を、三人の赤襟飾のピオニェールにくっついて歩いて来た信吉は、不意と微かに顔色を変えた。
若しや……。まさかそんなこたあるめ。国柄が違うもん。なんぼ、俺がズラかって来たからって……
だが裁判所。法律。というと、日本のプロレタリアの信吉には頭がモヤモヤとなって先へ監獄しか見えない。
貧乏人に法律は、実際おっかないんだ。〔四字伏字〕ぐらいになれば何万という金をちょろまかしたって、〔三字伏字〕がいい塩梅にやってくれて、「今日こそ晴天白日の身」と新聞にまで出せるが、全くの貧乏人は、困って困ってただの十円どうかしたって懲役だ。ひでえもんなんだ。
信吉は心配で、それなり家へは帰れなくなった。そんなところから呼び出しを食う覚えねえだけ、薄っ気味わるい。
信吉は、暫く待って、もう一遍劉のところへ行って見る
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