る返事が信吉のとこにはない。
「……いろんなことを知らなくっちゃなれないだろ?」
 寧ろきくように、暫くして信吉が云った。
「どうして!」
 ペーチャは、大切に肖像を鋏のおもしで傍へのけ、丁寧に赤い紙の切屑を揃えはじめた。
「みんな始めは何にも知りゃしないよ」
 道具をあつめて、ペーチャは、間もなく窓に蛙入りの瓶が置いてある自分の家へ入ってしまった。
 テーブルのわきの、掃かれた黒い地面に、ポッツリ赤い紙切れが一枚散っている。
 信吉は、落ちて来た楡の葉の軸を我知らず噛みながら考えつづけた。――ほんとに、何故俺はコムソモーレツにならないんだろう……。
 地面の赤い円い紙キレは、初秋の日光を吸いよせてそこにいつまでも光った。



底本:「宮本百合子全集 第四巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年9月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第四巻」河出書房
   1951(昭和26)年12月発行
初出:「改造」改造社
   1931(昭和6)年7〜9月号
※底本の親本(河出書房版「宮本百合子全集))校訂者によって復元された初
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