よせるようにして軽く唇を噛んでる。何か考えるときオーリャの癖だ。
ドッコイショ。信吉は自分で二十本ばかりの鉄片を抱えこみ、オーリャの仕事台まで運んで、ガシャンと幾分ひどい音を立ててコンクリの上へおいた。
オーリャが顔をもちあげた。信吉を見てニッコリした。頬っぺたから髪を払おうとするように頭を一振りし、
「よめた? あのビラ――」
やっぱり、同じこと考えてたのか!
信吉は嬉しくなって、熱心に、
「読んだとも!」
と答えた。
「よく書けてる」
「――集会へ出るだろ?」
「出る」
「じゃいいワ。――終り!」
失敬するようにサッと片手を信吉に向って振り、オーリャはまた仕事にかかる。信吉も自分の台へ戻った。
四
「おーい、誰か鉛筆もってないか?」
幾重もの人垣の中に脚のガタついたテーブルが軋んでる。労働通信員グーロフが襟あきシャツのポケットじゅうを探りながら怒鳴ってる。
「おい、鉛筆……」
「ホラよ」
テーブルの前へ突立っていたヤーシャが、金網をかぶせた腕時計を覗いた。ちょっと爪立つような恰好でテーブルへ手をかけ、
「タワーリシチ!」
喋りはじめた。
「シッ!」
「シッ!」
「――静かにしねかってば!」
バッタン! 誰かが後で脚立《きゃたつ》をひっくりかえした。
入口からは、肩へ長い手拭いをひっかけ、その端で頸ねっこを拭きながら、まだ濡れた髪の束を額の前へたらしたのが、ゆっくり靴をひきずってやって来る。
ヤーシャは、はじめ遠くそっちの方を、だんだん、人垣の真中ごろへ目をつけながら喋り出した。
「タワーリシチ! 昨今われわれソヴェト同盟で、一般的な食糧困難が起っている。モスクワでさえ、もう何ヵ月も肉類、野菜が足りない。現に鍛冶部では牛乳配給にさえ差支えた程だ。こりゃ、一体何故だ?」
涼しい窓枠のところへ背中をこごめて数人が腰かけてる。中から、
「そいつが知りてえところだ!」
「シーッ!」
「今日の『プラウダ』をみんな読んだか?」
次第に確信に充ちた親しみ深い調子でヤーシャが続けた。
「いい論文が党中央委員書記によって書かれている。――ハッキリ、食糧困難の原因が示されてる。われわれは、社会主義建設に従うプロレタリアートとしてこのことを理解しなけりゃならねえ。現在ソヴェト同盟にある食糧困難は……食糧困難は、偶然の現象……つまり雨が降りすぎて、どっかの畑でキャベジが腐ったというようなもんじゃない。五ヵ年計画によって階級闘争が激化された。その結果だ。問題の本質は、ジャガ薯《いも》には無え。富農とその手先の計画的奸策にあるんだ」
蹲んで所持品棚の樺の戸へよっかかっているのが、下を向いて煙草を巻きはじめた。
瞬間、同じようにきき飽きた、熱している喋りてとハグれた気分がスーッとみんなの間に流れるのが、信吉に感じられた。
ヤーシャは、それに拘泥せず巧に「プラウダ」の文句を引用しながらみんなに、富農が作物を出し渋ってること、運輸状態が円滑に行われていないこと等を説明した。
「タワーリシチ、兄弟! われわれは一九二八年の官僚主義撲滅のとき、どんな光輝ある活動をしたか! 覚えてるか? みんな! チョビ髯の工場委員会書記が、どんなザマしてオッ払われたか、覚えてるか?」
笑いが、あっちこっちに起った。みんなは、そのときのことを思い出したんだ。
「ソヴェトのプロレタリアートが、階級的自発性で動き出すときが、今またわれわれの前に来ている。空の籠下げて、無気力な婆さんみたいに列に立ってばかりいるときじゃない。闘わなくちゃならねえ! 大衆的に、ボリシェビキ的に置かれてる情勢を批判しなけりゃならないときなんだ!」
「そうだ!」
「その通り!」
「タワーリシチ!」
肩で人垣をわけながら、大きな髭をもった男がテーブルのわきへ出て来た。
「俺は、第二交代だ。ひと言云わしてくれ」
手の甲で口の端を一ふきし、変に顔を外方へ向けるような反抗的な姿勢で云い出した。
「兄弟! 俺はこういう疑問をもってるんだ。長いこともってるんだ。われわれ生産に従事する労働者に食糧が足りねえとき、何故国家保安部の消費組合だけはフンダンに物をもってるのか?
何故外国人だけ、特別の切符でしこたまものを食うことが許されてるのか?――俺はこれに答えて貰いてんだ!」
労働通信員グーロフは、額のとこへ太い青筋を浮き上らし、盛に左の手の爪をかみながらテーブルへ腹を押しつけ紙切に何か書きつけてる。
アクリーナが、窓枠へ腰かけ両手をつっぱったまま叫んだ。
「私は労働婦人として云うんだけれど、全くこの頃の消費組合ったらなっちゃいやしない! きのう塩漬キャベジを百グラム買うのに、何分列に立たせられたと思う? レーニンは女を台所から解放しろと云った。レーニンが死んで何
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