笑って横目で睨みながら肩で信吉の胸を小突いた。
「支那の男みんな真珠の頸飾だの靴下だの持ち込んでるじゃないのサ」
「そりゃ支那人のこった。俺ら知らねえよ。俺ら日本から来たんだ」
「どっちだっておんなじさ。――お前んところに勿論あるのさ……フフフ」
素早くのび上って、アクリーナは、信吉の顎のところへキッスした。そして一層しなしなした熱い体を信吉にすりよせた。
「どう? ある?」
信吉が返事する間もないうちに、アクリーナは両手で信吉の両手をつらまえ、
「さ」
とベンチから立ち上った。
「行こうよ」
「……どこへだ?」
捉まえた信吉の両手ごと自分の胸の間へたくし込んで囁いた。
「あっちへ……森へ――」
アーク燈に数多い葉の表を照らされ菩提樹の下は暗い。落葉や小枝をピシピシ靴の下で踏みながらアクリーナが先へ立って茂みの奥へ奥へと行く。信吉の気分がそうやって歩いてるうちにハッキリとして来た。それと同時に遠方のクラリオネットの音が耳について来た。
「おい」
アクリーナはサッサ歩いてく。
「おい」
「何さ」
「どこへ行くんだよ……俺行かねよ」
アクリーナが立ちどまった。信吉は楽な気分になって、からかう気で、
「絹の靴下ねえから、行かないよ」
妙な顔して、アクリーナがすたすたまた小枝を踏みつけながら戻って来た。ぴったり信吉と向いあい、首をかしげるようにして、
「……嘘云うもんじゃないよ」
――あんまり本気な調子だ。思わず信吉はアクリーナの顔を見つめた。森へ行こうと云った本心がわかった。絹靴下が欲しかったんだ。信吉は額に皺をこさえて頭を掻いた。
「……行かないの?」
「ああ。……養育料払う金もねえもん」
「……木槌野郎!」
ツと信吉の前を抜けアクリーナは、片手で灌木の枝を押しわけ明るい道へ出てしまった。
六
信吉はズボンの皮帯を締めながら、クシャクシャな髪をして、隣の室へ出て行った。
朝日が室へ射してる。
寝台の上では、長年グリーゼルの大きな図体の下に敷かれて藁のはみ出した布団が捲り上げられたっぱなしだ。埃をかぶったまんま引っぱり出されてる藤づる大籠。カギのこわれた黄色いトランク。得体の知れないボール箱だの新聞包み。
取り散らされた家財の横で床板がめくられてる。
信吉はゆっくりそこまで行って、トントンと踵で嵌めこもうとした。
嵌らない
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