げな様子で、それを感じた。
ところがモスクワへ来て見ると、そのソヴェトでも、決してみんな一様に暮してるんではねえ。
現に信吉はここで八時間一ルーブリ六十カペイキの煉瓦砕きをやっている。案外暮しは楽じゃねえ。
その信吉の目の前を立派な赤条入りの自動車にのった男が通って行く。しかし、下もあって、たとえば、あっち側の大きなパン店のところを見ろ。きっといつだって乞食の一人や二人ブルブルしながら立っているんだ。
なるほど、特別いい装をした男や女ってものはモスクワじゃ見当らない。シベリアを汽車で来る間に見ていたような男や女が、いそがしそうに一日じゅう踵を鳴らして歩いてる。
全国の職業紹介所は連絡していて、十日目ずつに労働省へ報告を出し、政府じゃ、どの産業に何人労働者が不足しているか、またあまってるかってことを、いつもハッキリ知って、ドシドシわりあてて行く。
ソヴェトでは、産業を他の資本主義国みたいに箇人箇人の儲け専一にやってくんではねえ。ソヴェトには人間が一億六千万いるんだそうだ。その人間が食って、働いて、休んで勉強するには、一年これこれのものがいる。だんだんいいものを沢山拵えなければなんねえから、その元手がなんぼいる。その勘定を土台にして全同盟の産業をやって行くんだそうだ。
「そこが、社会主義の世の中の価《ね》うちだ」
李がいつか汽車んなかで、松の実を食いながら信吉に話してきかせた。
「だから、ソヴェトじゃ、だんだん工場がいい機械もっているだけのものを廉く沢山こさえられるようになるにつれて、労働者の働く時間が短くなって来てるんだ。今はざっと八時間だが、二三年するとたった六時間と少し働けばすむようになるんだ」
そして、これを見たことあるか、と李は一つの図をあけた。なんだね、この両手ポケットさつっこんで眼玉ばっか引んむいてるのは。――ははん。資本家だナ。こいつが一九一三年に原料と機械に三十八億四千万ルーブリ出した。
盛に働いてるなあ労働者二百五十万人か。そして三十八億なにがしから、五十六億二千万ルーブリ稼いだ。儲がつまり十七億八千万ルーブリ! でけえもんだなあ。
そこでと、何だって? 労働者の賃銀はそのでけえ儲の中から八億二千万ルーブリ? あと九億六千万ルーブリってものは誰が分けて奪っちまうんだ。筆頭が企業家=資本家だね。なるほど。そいから実業家、政府の役人、
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