ら来た。子供三人「子供の家」へたのんでまで来ているひともあります。
 彼女らは、一つずつの課題に対して力をこめて大きく鉛筆をはこび、それを書くのに永い時間かかった。
 ――ごらんなさい、ときどき授業はかなりむずかしいんです、馴れていないんです、机の前に坐って自分の考えを纏めたり、書いたりするのに。でも、御覧なさい、みんな、どんなに熱心にその困難を征服しようとしているか。
 日本女は、その、麻の仕事着をきた若い婦人党員をさそって廊下へ出た。
 ――あのひとたち、一日何時間ずつ課業があるんです?
 ――四時間から、日によっては六時間です。
 ブラブラ明るい階段の方へ向って歩きながら、答えた。
 ――あの人たち、みんなここの寄宿舎に暮しているんです。汽車賃を貰って来て、無料で勉強して、十五ルーブリくらいずつ小遣いを支給されています。……きのう、私ども、あの人たちと美術館(エルミタージ)見学に行きましたよ。
 ――大抵、党員なんですか?
 ――いいえ、いいえ!
 薄い繭紬みたいな布《プラトーク》で頭をつつんだ血色のいい婦人党員は、つよく否定した。
 ――みんな党外の婦人です、党は、党外の人々の助力なしに何も出来ない。……ああ、あなた、暇ですか?
 百二十四番の室へ、来なければならなかった。
 ――じゃ丁度いい、今日あの人たちあなたと話す時間がないが、きっと、それを希望しているだろうと思います。もう一遍よってくれませんか?
 勿論、異議のあろうはずはない。だが、このひとはいつ休むのだろうか? 日本女は、
 ――あなた、休暇もうすんだんですか?
と繭紬の布《プラトーク》にきいた。
 ――これから、……この講習がすんでから。
 彼女は二十五だ。共産主義大学を来年卒業するところである。共産主義大学の生徒は、他のソヴェトの専門学校と同じく、夏の休みを必ず実習につかう。彼女もここで休みの一部をそういう目的に費している。
 ――……私、小さい娘がいるんですよ、十一ヵ月の。
 ふと、あたたかく微笑みながら元気な彼女がいった。
 ――今は、彼女の父親と田舎に暮しているけれども……

 後の窓からぱっとさし込む明るい光が、いろんな色の髪の毛を照している。(約束した、明後日という日のことだ。)なかにたった一つ、黒い黒い髪がある。それは日本女のである。
 彼女は、立って、いっている。
 ――タワーリシチ・クズニェツォー※[#濁点付き片仮名「ワ」、1−7−82]が、私に何か話せといいました。だけれど、私のロシア語は下手だから、みなさん、知りたいと思うこと私にきいてくれませんか? 私の知っていることなら答えたいと思います。
 日本女は、まるで柔かい発音で、
 ――私のいうこと、わかりますか?
 と問いながら、まわりに重なっている婦人講習会員の顔を見まわした。
 ――わかる!
 ――わかります。
 ――心配しなさるな!
 クズニェツォー※[#濁点付き片仮名「ワ」、1−7−82]は今日も繭紬の布《プラトーク》だ。たっぷりした胸つきで、みんなの横に立っている。日本女に向って鼓舞するように頭をふった。
 ――…………
 ――あの――日本に……日本では女が参政権を持ってるんでしょうか?
 二重に重なった頭の奥からのびあがって第一に質問したのは、白ブラウズを着た髪の赤い女だ。
 日本女は、持ってないと返事した。日本では全国労働者総数の五十一パーセント、女が占めている。けれどもそのおびただしい女のほとんど大多数は男の半額の賃銀で搾取されているだけで、選挙権などは持ってないのだ。
 前列の机に両肱かけて坐っていた若い女が、
 ――御覧!
 よこに並んでいる年上の仲間に、怒ったように低い声でいった。
 ――そいで、あすこは、どんな村でも電燈をつけて、文明国だって!
 それから日本女に向って、高い声で訊いた。
 ――女は結婚や離婚の自由をもってるんでしょうか?
 誰かが小さい声で、
 ――あすこじゃ、籠に入れて女の子を売るんだって……
といった。
 ――八つで結婚させるって。
 クズニェツォー※[#濁点付き片仮名「ワ」、1−7−82]が声のした方を見た。そして訂正した。
 ――それは支那やインドのことで、今の日本のことではありません。
 質問はつづいた。
 小学校は共学か?
 女は男の大学や専門学校へ入れるか?
 農村の女の生活状態――労働はどんなか?
 日本の農村の主な生産はなにか?
 日本に組合があるか?
 共産党はあるか?
 都会の工場のストライキのとき農村は実際的の助けをすることを許されるか?
 託児所、健康相談所はどのくらい発達しているか?
 日本女は、婦人講習会員たちの質問に深い興味を感じた。熱心に知っているかぎり説明した。箇条を見てわかるように、彼女たちは、農村ソヴェ
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