ことはね。
 熱心に、輝く眼で日本女の眼を見ながら、婦人党員が、言葉に力をこめていった。
 ――われわれんところで、婦人解放が、革命を通し、改められた生産と労働との関係をとおして日常の実践のなかからおこなわれて来たことです、革命当時、どの女にとっても新しい一日は新しい一世紀みたいだった、仕事はうんとある、人が足りない、今までは引こんでいた女が場所につく、直ぐ新しい仕事に自分を馴らし、刻々推移する事情を判断し、自身いる場所の任務をはたさなければならない、女は戦線へも行ったし委員《コミサール》にもなったし市街戦のバリケードこしらえもやったんです、生と死の間で男とともにやらないことはなかった、その間に、女は今まで自身知らなかった能力を自分のうちに発見し、必要を発見し、それを整理していった。
  だから、現在われわれの持ってるどんな女のための法令一つだって実際の困難と必要との経験を徹して作られなかったものはないんですよ。
  たとえばソヴェトでは女でも十八歳から選挙権をもっている、ブルジョア国の政治家は、若すぎるという、果して若すぎるでしょうか? 資本主義生産は十三歳の幼年工を何時間働かしています? 若すぎるといって夜業をさせないでしょうか?
  プロレタリアートは永い経験によって、プロレタリアートの十八歳の女は、職場で立派に一人前の生産単位であることを知っています。十八歳の娘が、集会で意見を述べ、また述べるべき実際的な意見をもってることを知っている。だから、彼女らに選挙権があるのは当然なことなんです。
 印刷した統計表をもって来て、婦人党員は日本女に示した。
 ――御覧なさい。ソヴェト同盟に約三百二十万人勤労婦人がいます、三百万余人が職業組合員です、ソヴェトの指導的任務についているのが三十万千百人、そして十六万七千六人の婦人党員のうち五七・四パーセントは労働婦人です。

 入ったところから、もう机だ。長い机が四かわに、並んでいる。それを左右からぎっしり、いろんな年配の女がとりかこんでいる。首を横にしてそっちを眺めるような位置に、一人、男の教師がいて、椅子にかけている。教壇も何もない。机が彼の前に一つあるぎりだ。一番戸に近い側の女たちは、後の本棚と机との狭い間できゅうくつそうに床几にかけ、しかもそんなことには頓着しない風で、一生懸命手帳に何か書いている。
 質素な服装。がっしりした肩つきだ。若いの、中年の、いれまじった顔は、どれも自分たちの思考力を鉛筆の先へつかまえておくために本気である。
 地味な、断髪の女が机と机との間をしずかに歩いている。肩ごしに女たちの手帳をのぞき、時々必要な注意を与えている。日本女のすぐそばまで来た時、二十七八の女の手帳をのぞき低い声で、
 ――これは間違ってる。
 注意を与えた。
 ――これは質問です。あんたが書かなけりゃならないのは、これの答えです。
 いわれた女は、ちょいと顎を出して、大きく合点した。そして顔を赤くした。
 ソヴェト・ロシアにおいては、さっき三階の、ローザ・ルクセンブルグの肖像画のかかった室で、婦人党員が説明したように、実践をとおして獲得した女の公民権を十分に行使する者の率が年々素晴らしく増して来た。たとえば農村においてさえ、ソヴェト選挙のとき活動する女の率が、
   一九二四年    二五パーセント
   一九二五年    三十パーセント
   一九二六年   七十三パーセント
という飛躍ぶりだ。農村ソヴェトの指導的位置について働いている女さえすでに数千人いる。СССРが、農村の集団化、集団農場を中心として社会主義的建て直しをやろうとしている時、農村ソヴェトの進退は、重大な意味をもっている。その農村ソヴェト選挙に当って活動する農村の女が、では農村ソヴェトの実際的な使命をどう理解しているかということが、従ってまた重大な関係を持っているのは当然である。
 帝政時代、農村の女はひどく暮した。今、彼女らは解放された。しかし、社会主義社会建設のための任務を、十人が十人同じように理解しているだろうか。そうだとは決していえぬ。
 そこで、スモーリヌイのレーニングラード・ソヴェト婦人部は文化部の事業として、この農村ソヴェト選挙準備のための夏期講習会を組織した。
 期間。二ヵ月。
 課目。ソヴェト政権とはなにか。世界の経済。党史。数学。ロシア語。
 今ここで、勉強している農婦、妻であり、母である彼女たちは、講習をすまして田舎へかえれば、それぞれの村で直接、農村ソヴェトに関する活動の指導者として働かなければならないのだ。
 いつの間にか入って来て、日本女のうしろに立っていた、若い、麻の仕事着をきた女が小さい声でいった。
 ――この中には現に村ソヴェトの書記をしているひともあるんです。……みんな遠いところか
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