背景を前に溌剌と浮び出しているのである。心から、ジャンがそこにいたのであったらば、と思う。ジャンはこの手記を書かず、別種の思い出を書いただろうと思う。
 私たちは、ジャンがこの手記を機会として機械工になりたいと云う自身の少年らしい希望を一日も速く達するような条件を勇ましく掴んでゆくことを願う。
 そして、彼が分別らしく又気弱く、自分たちのような不幸な少年は他の世界への憧れや冒険心などをすてる方がよいのだなどと云っている消極性をふりすてることを希う。自身の告白を、故国への誤った悪評の材料につかわれるような恥さらしをせずに、生き抜いて欲しいと思うのである。
 この「ジャンの手記」が私たちに与える教訓は決して感傷的な系図しらべにもないし、所謂浮世の転変への愁嘆にもない。妻としての良人への愛情。母としての愛情。又は所謂《いわゆる》家庭を守る、ということの真の意義、真に聰明な洞察は果してどういうところにあるのであろうかということについての、真面目な省察を促がされるところにあると思う。世俗的なかためかたでは、現実の推移がもたらす主観的な幸、不幸はふせげない。終極における愛とは、妻の愛にしろ、母の愛
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