恋しがる通り仙二は夏をまだ雪の真白にある頃からまって居た。
 池の水草の白い花が夕もやの下りた池のうす紫の中にほっかり夢の様に見える様子や、泳ぎながらその花で体中を巻く時の美くしさや快さなんかも思った。
 何がなしに仙二には夏の来るのがいつもより倍も倍も待遠かった。
 毎日毎日若い仙二は夏のうすみどりの色が自分をまねいて居る様に思えて居た。
 桜は美くしかったが仙二の心を引かなかった。
 花が散ると仙二のまちかねた夏はもう目の前に来た。
 山々はみどりのビロードを張りつめた様に牧場には口に云えないほどの花が咲き出して川の水も池の面も元気の好い太陽にくすぐられて微笑んで居る様に道にころがって居る小石にさえ美しさが輝き出してまるで小鳥の様に仙二はうすい着物に草履をはいてはそこいら中を歩き廻った。
 山から山へ、野から又野へ響く様な気持で小供の様に細い澄んだ歌を唄う事もあった。
 其の日も仙二はいつもの通り軽い身なりで池のふちを歩いて居た。
 もう夕方の香りの有りそうなもやがかなり下りて川で洗われてしっとりとつやのある背の馬が思うままにのびた草を喰べながら小馬を後につれながら同じ池のふちを歩
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