。彼の右肩に一つの手が軽くのせられている。それはイエニーのすらりとした手である。のどのつまった、袖口の広い服を裾長に、イエニーはカールの肩に手をかけて立っている。片手をすんなりと厚い絹地の服のひだの間にたれ、質素なひだ飾りが二すじほど付いているなりのイエニーの顔は、若い信頼にみちた妻の誠実さと、根本の平安にみちた表情をたたえている。二人の愛のゆるがない調和が流れているけれども、はっきりと外界に向って目をみひらき、媚びるところの一つもない口元を真面目に閉じているイエニーの顔つきには、人生と真向きに立っている妻の毅然とした力が感じられる。
この写真はいつ何処でとられたのであろうか。新婚の記念であったのであろうか。娘の頃のイエニーとして小肖像画《ミニュアチュア》にかかれている彼女とこの写真の彼女とは、何という人間らしい立派さのちがいだろう。娘時代のイエニーは、ふっくらとした二つの肩を大きく出した夜会のなりで、小さい口もとに無邪気な微笑をふくみ、可愛いけれども無内容にこちらを見ている。今、カールの肩に手をおいて立っているイエニーの全身からは厳粛な気分が流れている。楽しいけれども苦しい、たえが
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