興味を捕えた。
「小さいひとがやかましいし、いろいろだから……じゃ明日お午っから出ましょうか。七時までに帰れますわね」
「でも……榎さん明日お出かけですか」
「出るでしょうきっと。……きのうは十一時ごろ出てったわ」
絹子は、薄い肩をちょっと引そばめるようにして笑った。
「今日は?」
「さあ一時過ぎてたかしら」
榎が形式的に顔を出す先代からの合名会社が日本橋にあるのであった。
「あした一時じゃ、工合わるいですね、かえりがおそくなるから」
「そうね……でも、きっと出て行くでしょう……」
帯留の下のところで、両腕を銘仙の袂の上から持ち合わせていた絹子は、
「ああ、じゃこうしましょう、もし家にいて都合わるかったらお電話申上げるわ、お宅へ」
「だって、なんて?」
「あら! 本当にね、何ていいましょう!」
絹子と佳一は、おかしそうに、自然のおかしさをやや誇張した笑い声で笑った。やがて、佳一が、真面目になって策を授けた。
「じゃ御都合わるかったら、電話で、こないだの話は、向うから都合悪いといって来たからって、いって下さいませんか。安達さんへテニス・コート拝借するんです」
「ああ、名案! 名案! あなたそんなに見えていらしってなかなかなのね」
安達というのは、絹子の実家で、池袋にテニス・コートを持っているのであった。
出られたら、十二時半頃、佳一の家へ寄ることに一旦決りかけたが、絹子が、
「でも、なんだか……」
と首を曲げた。
「お母様にお正月御挨拶申上げたっきりで、遊びにだけおよりするの、現金すぎて少し極りが悪いわ」
結局天気がよくて、榎が留守になったら、新宿の停留場で待ち合わすことになった。
「とんだお伴おさせ申すわね」
「いいえ!」
佳一は真面目な、青年らしい面持ちで、頭を振り、対手の言葉を否定した。
その相談が纏まると、何か今日の用がすんだような心持になり、佳一は程なく椅子から立ち上った。
「――どうも失礼……じゃ」
「そうお」
絹子も同じような感情と見え、親密を表した眼つきで自分の場所から立った。
「では……どうぞよろしく」
玄関へ廻ると犬小屋の傍にいた楓が、さっきの桃色の上にエプロンをかけさせられ、駆けよって来た。絹子は、母らしくその楓を自分の前に立たせ、改まって、
「じゃさようなら、失礼いたしました」
と、高く娘のおかっぱの上へ窮屈そうに頭を下
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