ひどい違いだ。
ポーランドのプロレタリアよ。しばらくガンバレ!
いまに、メーデーはここでもほんとうの世界労働者の国際的祭日として、それがソヴェトで行われていると同じように行われる時が来るのだ。
それにしてもデモはいつ動き出すんだろうか、わきの労働者に自分はロシア語できいてみた。
「あなた方がいつ動きだすんですか?」
「まだわからない」
二、三人にきいてみても答えは同じだ。
十二時頃だろうと云うものもある。わたしたちはまだ茶も飲んでいない。それなら一つそこいらで腹ごしらえをしようということになった。
広場のはずれにこれもまた、光り輝く服装をした巡査が立っている。それに教わって、ちょっと横丁へそれたところにある喫茶店へ行った。ガラス越しに中で茶を飲んでいる人の姿はまるみえだ。それだのに、戸のとって[#「とって」に傍点]を持って開けようとしても戸はあかない。その様子を中から給仕がみつけた。そばへ寄って来て、我々の風体をよくよくみきわめてから、やっと体が入るだけ戸をあけ、内へ入れるとまた戸へ鍵をかけた。給仕は弁解した。
「なにしろ御承知のとおり今日はメーデーだもんですから……」
喫茶店で十分とは費さなかった。往来を三四人の人間が駆て行くのが見えた。
――オヤ、どうかしたかな――と思って、急いで外へ出て劇場広場まで戻ると、
――これはどうしたことだ!――
――赤旗も、労働者も、反動青年団の密集した列も、どこへ行ったか、跡かたもない。チリヂリに群集が、踏みしだかれた広場の土の上を歩いているだけだ。
デモはそんなに急に、巧妙に解散させられてしまったのだ。
昨夜の雨はやんで、晴渡ったメーデーだ。
だが、わたしたちの見たのは何であったか?
わたしはおそらく、一生ポーランドの一九二九年のメーデーを忘れないだろう。
一節で圧殺されたインターナショナルの響と、労働者を囲んで林立していたステッキとを、忘れないだろう。[#地付き]〔一九三一年五月〕
底本:「宮本百合子全集 第九巻」新日本出版社
1980(昭和55)年9月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本「宮本百合子全集 第六巻」河出書房
1952(昭和27)年12月発行
初出:「女人芸術」
1931(昭和6)年5月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
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