て日本における労働問題解決の縁の下の力持、社会へ奉仕するのが商人でなくなったM氏の理想である。
ロンドンにおれば、また相当来客がある。M氏程まだ充分イギリスを内臓へ吸収せぬ後輩、あるいははるばる官費で英国視察に来た連中が時間と語学の不足から彼のもとへ駈け込み、集約《コンサイス》英国観察供給方を依頼する。
時に例えば某学校長のような訪問客さえある。校長君の意見によると英国を英国たらしめたのは何よりも英国の紳士気質《ジェントルマンシップ》だ。ゆえに努めてイートン、オックスフォード、ケンブリッジ等の教育振を視察して行きたいと思うがどうでありましょう。客間の壁には、マルクスと並んでおびただしい正統学派、心理学派経済学者の写真がかけ連ねられている。日曜日の午後は半ズボンで過す英国人らしく哄笑しつつM氏は説明するだろう。
――今更そんなものいくら見たってしょうがありゃしませんよ。今日では英国人自身が紳士《ジェントルマン》なんて言葉は便所にしか役に立ってないって云ってる位だもの。……ああ云うところはね、小さいうちから、お前達は特別な人間だぞ、と思い込まして特殊な支配者を養成したところなんだ。
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