で来てこぼれを探し、無いので後から来た別な鳩の背中にのり大きく翼をバカバカやった。
 今日は日曜で大石段はすっかりからりとしている。聖《セント》ピータア寺院の内部で説教があった。パイプオルガンが時々鳴った。会衆は樫の腰かけから立ったり坐ったりしてアーメンと云った。子供が自分の退屈をまぎらすため、脱いだ帽子を体の前に行儀よく持って立ちながら下を向いて、できるだけ踵を動かさず靴の爪先をそろそろ重ねる芸当を試みている。眼鏡で鼻柱をつまんだ僧侶が説教壇に登った。
 ――宗教とはいかなる禁制をも意味しない。ただ諸君とおよび諸君の光栄ある子孫の一生のための秩序、原則としての宗教あるのみである。
 少年団《ボーイ・スカウト》大会出席のためロンドンへ出て来た大男の団長《スカウトマスタア》が実用的なことは靴とひとしい説教の間にそろりそろりと裸の膝頭でベンチの間を抜け聖壇正面がすっかり見える大柱の下へ立った。
 出口のやっと一人ずつ通れる柵の左右に僧が立って口をあけた喜捨袋を突きつけた。

 ハイド・パアクの騎馬道では艷やかな馬と人とがひるまえの樹の下を動いていた。おさげの少女である。山高帽と黒い乗馬服の長い裾との間に現代英国女性の容貌がはっきりはまっている。数騎の男も混ってだくを打たせたり馬上からかがんで柵越しに散歩道の知人と握手したり自由にかつ調和を保って動いている。日曜の教会礼拝時間後から午餐までハイド・パアクのこの騎馬道とそれに沿う散歩道は上流の社交場である。怪我をするなら上流の人だけがする唯一のところなのだ。騎馬巡査が二人その辺を行ったり来たりしている。――
 一時近くなると騎馬道の上にも人影がまばらになる。柔かい砂が樹の下に遠くかなたまで続いて見通せた。二人の騎馬巡査は二三回その辺をまわると人気ない騎馬道を気持よさそうに鞍の上で尻をおどらせながら駈け去った。もう警固のいる人間なんぞは来ないのである。ハイド・パアクのあっちこっちの門から子供連の夫婦――亭主は乳母車を押し妻は一人の子の手を引いていると云うような世帯じみた一団がぞろぞろ入って来る。警官音楽隊が音楽堂の中で軍楽を奏し始めた。肩の縫目の一寸ずったような絹服を着て非常に陽気な若い女づれ。花壇をいちいち眺めながら歩く指の太い婆さんと息子づれ。――日曜日の午後ハイド・パアクはハイド・パアクの附近に住みながら一週に一遍だけそこを散歩出来る連中――事務員。料理女。いろいろな家庭雇人の洪水である。
 小みちも草原も人だ。人だ。
 自然と人間の割合がこんなに逆になる日曜日彼らの主人達は、ハイド・パアクへなんか姿は現さぬ。週末休《ウィークエンド》に自用車をとばしてどっか田舎のクラブか、別荘か、公園か、とにかく彼の週給額を半径となし得るだけ遠くロンドンから飛び去る。
 赤羅紗服地の見本みたいに念の入った恰好をした英国の兵士達が剣がわりの杖を小脇に挾みながら人通の繁いハイド・パアク・コオナアで横目を使った。そこでは乗合自動車《オムニバス》を降りるとその足で真直「婦人用《レディース》」と札の下った公園の鉄柵中へ行く女は大勢ある。
 半本しか脚のない胴をすえて乞食がせっせとペーヴメントへ色チョークで鼻の脇の真黒な婦人像、風景等を描いていた。「|有難う《サンキュー》!」「|有難う《サンキュー》!」石の上に書いてある。英国で乞食は声を出して慈悲を強請することは許されぬ。与えられる親切に対して感謝を表すだけが許されるのだ。「|有難う《サンキュー》! もし私の仕事が貴君の一ペンスに価するならば!」
 洗いざらしでも子供に着せる日曜着がある者がヴィクトリア公園に出て来て遊んでいた。入ったばかりの樹の下に路傍演説者が何人も札を下げた台を持ち出し、思想陳列をやっている。
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    │基督顕示協会│
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    │国際社会主義│
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 諸君! 諸君は大戦によって何を得たか? 利益を得たのは誰であったか? 大体声が足りない。隅っこに引込んで樹の枝の下から肺活量の足りない声が休日の労働者のまばらなかたまりの上に散った。人気があるのは、
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    │自由思想家│
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 台をかこんでびっしり帽子のあるのや無いのがきいている。しゃべっている山羊髯は痩て蒼いが底艷のあるようなほっぺたに一種のにやにや笑いを浮べ、ゆっくりしゃべりつつ聴衆を見渡した。――たとえばだね、月夜の晩人のいない公園の小道で青年が一人の若いとてもたまらない女に出っくわしたとすると、どうだね。我々にしろ当然どうもある感覚を感じざるを得ない。(聴衆が笑う)ところでその感覚は肩から羽根を生やしたキューピットの仕業だと云う。本当かね?
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