そこここに持っている。自家用自動車専用道路が公園を貫いて走った。その道の上、アルバート・ホールの海老茶色大釜みたいな建物の屋根を見渡すところに、大理石のヴィクトリア・アルバート記念塔が立っていた。ヴィクトリア女皇と、その夫との生涯は公園の記念塔においてきわめて美的感覚に欠如した植民地擬人群像に集約されてしまっている。
しかしこれはみんな公園の往来に近い側のことである。
公園の奥にはりすがいた。そこのにれ、かしは大木だ。りすはロンドンでも野獣らしい敏捷さでしっぽで釣合をとりとり頭を逆さまにしてにれの大木の垂直線をかけ下りた。枝から枝へ飛び移ってキキキと叫んだ。一人の紳士がステッキを腰の後へかって梢を見上げ、舌を鳴らしながら南京豆をのせたてのひらをさし出した。りすは野生な注意深さを失っていない。キキと叫び、南京豆を見下し、尻尾をピク、ピク、動かしている。にれの葉が散った。その音がきこえる。
ベンチは散歩道にそって並んだ。緑色に塗った賃貸し椅子は居心地よい草原のいたるところにあった。若い母親が草原へ布をひろげはだかにした赤坊を遊ばしている。母親自身も靴をぬぎ、草の上へ、赤坊の横へころがった。そばの賃貸し椅子には脱いだ外套がかかっている。
カーキ色のうわっぱりを着た番人が公園を歩きまわった。椅子の賃は一日三ペンスである。
山の手公園にその他あるものは書籍。パイプ。犬。――人は英国のこういう公園の中にあって英国の焙肉《ロースト・ビーフ》を思い出さずにはいられないだろう。英国の公園は彼らの民族的愛好物ロースト・ビーフと同じように単純で自然だ――自然であるようにつくられている。巴里《パリー》で公園は人と衣裳の背景としてできている。そこの並木路でも、噴水でも、大理石階段でも、適度に人がそこに動いて美しさを増す。人がそこに動かない時、かつてそこに動いた人の思い出が動いている。だから、秋の落葉に埋れて渇れた噴水盤を眺めたって彼らはつい人を思い出し、いろんな詩を書きそれがマンネリズムに堕してしまったていどに景物は人事的である。
英国人は公園に北方民族の気質をよく現している。英国人は世界の大商人、政治家になり紳士というものになったが彼等は殺した牛を丸焼きにして食った味と弓矢を背負って山野を歩きまわった心持を血とともに失わない。イギリス人は公園をそこでは自然対人間の割合が100:30の比率であることを心がけている。人間のうちにあっては、例えばスノーデンがヘーグでは100パーセントの英国人[#「英国人」に傍点]で英国の利害[#「英国の利害」に傍点]を主張している時、それを支持するロンドン中流男女は、自然的公園の樹蔭をスコッチ・テリアをつれパイプとともに散策しつつ彼らの沈着な商魂《コンマーシャルマインド》を放牧した。スコッチ・テリアの鼻面は四角だ。手をのばした背中に臆病な挨拶《コムプリメント》を与えようとするとスコッチ・テリアの剛毛は自尊心のごとく無用の愛撫に向ってけばだった。
|山の手《ウエストエンド》のエハガキ店頭の滑稽《ユーモア》は大体犬と猫とが独占している――。
弾機《ばね》のいい黒塗の乳母車に白衣の保姆《ナアス》をつれた若夫人が草原の上へ小テーブルに向って脚を組んでいる。そこはケンシントン・ガーデンの奥の野天喫茶店だ。黄赤縞、或は藍と黄の縞、大きな日除傘は英国公園の樹々の間にあってややエキゾティックな派手さを部分的に描き出した。片手のキッド手袋はぬがぬままステッキのかしらについて、茶碗をくちもとにはこんでいる老紳士もある。あたりの草原に雀と鳩がいた。テーブルに向って坐ってる人々はゆっくり茶を飲みながら気が向くと皿の上からパン片や菓子の粉をとりそれらの鳩や雀に投げてやっている。幼児がよちよちと、母の投げた毬《まり》を追っかけて雀どもを追い立てた。雀はさえずる。低くとび去る。燕尾服に白前掛の給仕が盆をささげてそばを過ぎながら笑って腰をかがめ、毬を今度はテーブルについている母親のあしもとの方へころがしてやった。
草原は低い鉄柵で囲まれている。
鉄柵に片脚ひっかけ、平行棒をまたぎそこなったようなかっこうで一人の酔っぱらいがふらついていた。垢の光沢だけが見える服だ。カラーはない。鳥打帽をかぶっている。鉄柵から華やかな喫茶店のひよけ傘まではただ数歩の距離だ。四十がらみの一見まごうかたないその失業酔っぱらいは鉄柵の上でふらふらしながら満足した人々の群を眺めていた。永いこと眺めた。それから帽子を手に持ち、やっこら鉄柵をこっちへ越した。そして直ぐテーブルの傍の草原へ来て仰向にころがった。
赫黒い顔のついたぼろだ。
雀はテーブルのまわりでこぼれた菓子の粉をついばみピョンピョンとんでねている酔っぱらいの髪の毛のそばまでまわった。|午後の茶《ア
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