ては石ころ道を寂しそうにゆく一台の馬車の黒さ、馬や馭者の姿も何ともいえずくっきりと美しくしかも寂寥にみちた魅力をもっている。そういう白夜のころは、夜中風がないのも独特の気分である。
 白夜の美しさはレーニングラード、それも雄大なネヴァ河の河岸の辺りの景色が忘れられない。この辺では白夜は一層情感的で、夜なかの十二時ごろやっと日が沈む。河岸を洗ってネヴァの流れる西の方の大都会の屋根屋根の間へ日は沈むのだけれど、窓に佇んで見ていると、ほんの一時間も経たないうちに、さっき沈んだところよりはちょっと東へよったところから、もうまた太陽がのぼりはじめる。これは朝の太陽というわけでこの束の間の夜から朝へのうつりかわり、きのうがきょうになるなりかたには不思議な感動を与えられる。明るいながら朝になっても、おのずから朝の空気は新鮮に流れ出して、暁の微風が樹々の梢をそよがせはじめるし、河水の面が生気をもどして、雀も囀りはじめて来る。
 やがてそろそろ朝日に暑気が加って肌に感じられる時刻になると、白いルバーシカ、白い丸帽子やハンティングが現れ、若い娘たちの派手な色のスカートも翻って、胡瓜の青さ、トマトの赤さ、西
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