葉をかけてやっている。激しい、生《いのち》の戦場だ。
「――説明をおとしましたが、ここはみんな普通の、つまり健康な母親たちの棟です」
病室が三つある。産後のやつれは見せているが、一様に穏やかな満足げな目附をした母親たちが、カーテンで程よく外光を調節した寝台に休んでる。或るものは起きかえり、自分のダブダブな上っぱり姿を眺めて笑っている。
赤坊たちは、母親とは別室だ。ズラリと揺籃を並べ、小さい胸元に金の番号札をつけて眠ったり、欠伸《あくび》をしたり、元気のいい赤坊唱歌(泣くこと)をやったりしてる。
赤坊たちの胸に光ってる金の番号札が、母親の寝台番号だ。三時間おきに、保姆がめいめいの寝台に赤坊をつれてゆき、お乳をのませるという仕かけだ。
見ると、頭に赤いリボンを大きくむすびつけた揺籃が三つばかりある。
「あれは何です? あの赤いリボンは……」まさか、生後二日目で、もう赤色勲章を貰ったわけでもあるまい。
「ああ、あれですか」
委員も保姆も笑って説明した。
「あれはね、皮膚が少し弱くて、おタダレ[#「おタダレ」に傍点]のある赤ちゃんなのです、おむつ[#「おむつ」に傍点]があのリボンのは特別なんです」
廊下を曲りくねって厚いガラス戸で仕切ってあるところへ来た。
「その上っぱりを脱いで下さい」
脱いで、その仕切りを彼方側へ入ると、また別な上っぱりを着せられた。
「ここからは、病気のある――軽い性病のある母親の棟です」
分娩室は今空だ。隅に大きい照明燈があっち向に立ってる。
「母親の病室は同じですが……われわれは赤坊に深い注意を払っています」
赤坊室で、自分は強い印象をうけた。
ソヴェト同盟の親切な、生活的な科学的考慮が実にこまやかに行われている。性病のある母親から生れても、例えば梅毒の遺伝のある赤坊も、全然それのない赤坊もある。その区別をハッキリ赤坊室を別にしてつけてある。
遺伝のあらわれている赤坊が五六人しずかに、然し一目でわかる血色のわるい皮膚をして眠っている奥に、行って見るともう一つ特別室がある。そこの戸をあけたら、医員の白い上っぱりも一時に紫っぽい色に変った――すっかり窓が着色ガラスで張られているのだ。
「御承知の通り、性病の遺伝のある赤坊はよく眼が弱いものです。普通の日光では刺戟がつよすぎて害があるから、こうして育てるわけです」
どの産院でも、出
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