コジール》』は、復活祭《パスハ》号である。表紙にこんな絵がある。緑色シャツの労働者が白布を頭にかぶって水の入ったバケツをさげて歩いて来た。女に訊いている。
 ――お前、今日クラブの反宗教演説《アンチレリギオズヌイ・ドクラード》へ行くかね?
 ――沢山だよもう、あんな宗教《レリーギア》! お寺へ行く方がよっぽどましだわ――今日あすこフェイエルベルクが出るのよ。
 復活祭[#「復活祭」に傍点]の前日、ほとんどすべての食料品販売所でパンの棚と酒棚が空ッぽになった。そんなことを予想しなかった日本女のところにはパンが無い。
 労働新聞の論説にかかわらず、十四日の晩はキリスト救世主寺院の四方の壁に数百本の蝋燭がともり、オペラ役者が聖歌を歌った。大群衆が石段につめかけ、手車のくるみ売りは午前二時の凍った坂道でいい商売をした。
 ルイコフの名によるクラブ、その他モスクワじゅうのクラブではその夜、楽隊が鳴った。コムソモーレツとコムソモルカが、チャールストンを踊った。ルイコフの名によるクラブの広間《ザール》の壇上装飾は、聖書、十字架、僧冠などの赤い色電気により焚刑《ふんけい》の光景だ。周囲の壁は、反宗教的諧謔の壁新聞ではりつめられ、今夜、午前五時までダンスという掲示が出されている。電車は満員で、煙草屋さえ店をしまった暗い街頭をはしった。
 基督《キリスト》救世主寺院の大理石のいしだたみの上では群集のうちに小ぜり合いがあった。布《プラトーク》をかぶった若い女が、遠くの祭壇の儀式の様を眺めようとして聖旗につかまり、その台にのっかって伸び上った。てのひらにともした蝋燭の光で下から顔を照らされた老婆が、片手でその女の外套のひじを引っぱった。
 ――何《チトー》。
 ――下りなさいよ、そんなところに乗っかって。
 ――何故《パチェムー》。
 婆さんは自分の連れに横目をつかい、痩せた肩を揺りあげた。
 ――壊れるといけないからさ。――第一足場にする場所じゃないじゃないか。勿体ない。
 ――聖壇へのっているんじゃありませんよ。
 ――同じことだ。
 矢張り蝋燭の灯をかばいつつ立っている男が、聖旗台の女に向い手を振った。
 ――|止めろ《パストーイ》。
 布《プラトーク》をかぶった女は動かず、周囲の人群を見下して恐ろしい顔をした。そして低い早口の悪態を投げつけた。同じ聖旗につかまっていたもう一人の女が
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