らは何がのぞいている? 松の枝。いつも緑深き松の枝。――松は天然の植物だ。――松を見て人間は何を感じる。――……
 彼は霊感のように一つの事に思い当るであろう。「これは尤《もっとも》だ。ロシアに十月《オクチャーブリ》があったのは。そして、この沢山な十字架と鷲との上に今日一片の赤旗が高くひるがえらなければならなかったのは」と。彼は理解ある旅行者として、はね返さずにはおられぬおもしが、ロシアの民衆の上にあったことを知る。
 このおもしに就ては、現代ロシアの民衆自身も忘れてはいない。労働新聞の特輯グラフィックに、一九一二年のレンスキー事件の写真がのる。レンスキー金鉱でストライキが起った。指導した労働者が捕縛された。その釈放を求めて集った労働者の群集を無警告で射撃し二百七十人を殺した事件だ。この事実に関して議会で質問が出た時、内務大臣マカロフはこう答えた。
 ――|その通りだ《ターク・ヴィロ》。|今後もそうであるだろう《ターク・ヴーデット》であるだろう。これは簡明で残虐な言葉だ。然し、こんな理解し難いような暴虐が、逆説的にロシアの民族に潜在する異常な飛躍性を示しているところに注目すべきである。ロシア民族の持っている深さ、大きさは、彼等の濃い髯とともに、凡そそれが人間の心にあり得るものなら、どんな聖きものも、どんな醜怪なものも、極限まで発育させる気味悪い程のゆとりを持っている。それだけ話してみると本気にし難いような専制にしても、それが存在し得た限りで必ず民族の搭載量以上には出なかったのだ。――何ともいえぬロシア的ゆとりで、専制者の生活が各人の生活を底まで引かき廻してしまわぬうちは、一切のパンと彼等の魂《ドゥシャー》に忍耐ののこる余裕のあったものは、誰が琥珀張の室で誰といちゃついていようが、彼等はこせこせしなかった。「俺のことではない」そして、根強く生きつづけて来たのである。
 いよいよ魂《ドゥシャー》が日夜叫びつづけ「我慢出来ない」時が来た時、彼等はどんな工合に背中の重荷を投げ棄てたか? 世界の人間が驚愕して髪の毛を逆立て、やがて一斉にわめき出した程投げ棄てた。ロシア人は、「我慢出来ない!」とうめいて或る状態の中から立ち上った時が最も恐ろしい。彼は飛躍する。彼の最大の可能でどっちかへ飛躍する。神へ向ってか、悪魔へ向ってか。民衆は天真《ナイーブ》で自分達のうちにあるこの天才と恐
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