一点からも、モラトリアムで本当に困るのは、やっぱり金を持たぬ多数者というこれまで政府がとって来たおなじ方向の一つなのである。
 モラトリアムを肯定したとして、物価とのにらみ合わせはどうなるだろう。限界価格をきめて闇値の半分ほどにすると予定されている。そうならなくては、人民の生命は益々脅かされる。
 生活必需品に対してそういう手当をする政府は、つい先頃、国鉄運賃大幅値上げをした。省線・都電の運賃値上げをして、地域によっては出もしないガス六倍、水道十二倍にすると云った。まさか、出ないガスと水道だから上ったところでメートル代だけです、というわけでもなかろう。これらは、どういう「非常措置」を受けるのだろうか。同じこの朝(二月十七日)の新聞には、推定失業者五百八十三万人と出ている。三月までに八十三万人が就業と示されているが、この新しい就業者も、職場へ行くには電車がいるだろう、省線にものるだろう。
 企業家のサボタージュを罰することも、是正する力も失っているのに、労働運動取締りの四相声明を公表した当局は、「各種民需産業を振興」というが、どんな成算をもっているのだろうか。元大審院部長・元司法次官三宅正太郎という人が、中央労働委員会の会長に就任した。これは、世界にも類のない民主化の方法である。
 同時に主要食糧供出に対する強権発動のことが云われている。申告すべき退蔵物資の十六種目一覧表も載った。ここに又一つ奇妙なことがある。主要食糧は、なるほど直接人命にかかわる性質をもっている。だが、農民は一年の労苦を傾けて、それを生産した者である。供出したがらないのは、したがらない理由がある。それにもかかわらず、農村の生産必需品の原料ともなる物資は、いくらかくしておいても罪にならず、ただ買い上げられる丈で米を自分でこしらえる農民が、出さないからと、三年以下の体刑、一万円以下の罰金を予約されているのは、いかにも人間らしくなくて苦しい。口の中で、米の味さえにがくなる、この口の中のにがにがしさをなくするためにでも、食糧は人民管理にうつされる以外に良い方法はないのです。[#地付き]〔一九四六年二月〕



底本:「宮本百合子全集 第十六巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年6月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
  
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