でも忘れなかったこの時代の「自分の祈祷文」の中に一つこういう詩があった。
[#ここから3字下げ]
神様、神様、遣り切れない
はやく大人にして下さい
このまんまでは辛抱が出来ない
首をくくっても、見遁して下さい。
見習も、うまく行かない。
鬼の人形マトリョーナ婆
吠える、吠える 狼のようだ
ほんとに生きててもはじまらない!
[#ここで字下げ終わり]
書物はこの境遇の中で、ゴーリキイに生きる力の源泉となったと同時に、限りない屈辱、軽侮、不安を蒙る原因となった。
製図師一家と同じ建物に住んでいる裁縫師のお洒落で怠者の妻からゴーリキイはこっそり本を借りた。それはフランスの通俗小説であった。主人達の目を掠めて、頬骨の高い、鼻の低いおでこに青痣のついた小僧ゴーリキイは皆の留守の間に、或は夜、窓際で月の光で読もうとした。活字がこまかすぎて、明るい月の光も役に立たぬ。そこで棚の上から銅鍋をもち出し、月の光をそれに反射させて読む工夫をした。これは却っていけないので、ゴーリキイは台処の隅の聖像の下へ突立ったまま、燈明の光で読んだ。この頁では歓喜し、次の頁で憤激しつつ読むうちに疲れが出て、床にころげた
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