。ところが縦に垂直線を引くと、恐るべき結果が生じた。窓がすっかり壁の中仕切のところへ飛び込んでしまったばかりか、明り窓は煙突の上にのっかってしまっている。ゴーリキイは、その時の困惑をまざまざと回想しながら書いている。「私は、長い間泣き面をして、その修正し難い奇怪事を眺めていた。」どうにも仕方なく遂に「想像力でもって修正することにした。」ゴーリキイは鉛筆をとり、先ず家の正面のすべての蛇腹と屋根の棟飾の上に烏や鳩、雀などを描いた。窓の前の地べたの上には洋傘をさしている歪み足の人間。それから全景の上に斜の線を引いて、出来上ったものを主人のところへ持って行った。
眉をつり上げて、気むずかしげに主人が訊いた。
「こりゃ一体何だ?」
「雨が降ってるところなんです」ゴーリキイは説明した。「雨降りの日にはどんな家でも曲って見えるよ。雨はいつでも曲っているから。それから鳥は――蛇腹にかくれたところ。雨の日にはいつもこうです。それからこれは、家へ駈け込んでゆく人で、女が一人ころんで、こっちのがレモン売りで……」
「や、大変ありがとう」主人は紙へ髪をすりつけるようにして大笑いをはじめたが、細君は夫を嗾し立
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