はここにはないんだ。」
 かくて、八歳のゴーリキイに愈々「人々の中」での生活が開始するのであるが、これらの多彩で苦しい幼年時代の思い出を、ゴーリキイは一九一三年(四十五歳)有名な「幼年時代」に描いた。野蛮のロシアの生活の鉛のような醜悪さ、「賢くない一族」の残忍に満ちた暗い生活をゴーリキイは「根ぐるみ、記憶から、人間の魂から、我々を重い苦しい愧ずべきすべての生活からそれを引抜かんがためには、根まで知らなければならないところの真実」、「憐憫にまさる真実」の姿として描いた。
 更に、「もっと積極的な理由」――
 このような豊富で脂濃い生活の獣的な屑を貫いて、「猶新鮮で健康な創造的なものがやっぱり勝を制して芽生えること、明るい人間的な生活に対する我等の再生に対する破壊し難い希望を呼び醒しつつ、善きもの――人間的なものが生い立つ」ロシア民衆の生活力の驚きと愛とを伝えようとして、ゴーリキイは、非常に特色的な「幼年時代」を書いたのであった。「十月」以前のロシア文学は、二種類の忘れることの出来ぬ「幼年時代」の貴重な典型を今日にのこした。その一つは、レフ・トルストイの「幼年時代」である。
「一八××年八月十二日――私が満十歳の誕生日というので、いろんな素晴らしい贈りものを貰ってから、ちょうど三日目のことである」という華やかな雰囲気の冒頭によって始められたこの貴族の子息の幼年時代の追想は筆者トルストイの卓抜鮮明なリアリスティックな描写によって、何という別世界の日常を読者の前に展開させつつ、ゴーリキイの「幼年時代」に描かれている民衆の現実と対立していることであろう!

        少年時代
          ――人々の中――

 ヤーコブ伯父の息子のサーシャが、ニージニの町の靴屋へ勤めていた。祖父カシーリンは、母が亡くなると僅か数日で、十歳に満たぬゴーリキイをもその店の小僧奉公に出した。
 カシーリンが自分でゴーリキイをその店へ連れて行った。そして、サーシャにこの子の面倒を見てやってくれと頼んだ。すると、赤っぽい上着に、ワイシャツ、長ズボンといういでたちのサーシャは勿体ぶって眉根をよせ、
「この児が僕の云うことを聞かないと困るがね」
 祖父はゴーリキイの頭へ手をかけて、首を下げさせた。
「サーシャの云うことを聞くんだ。お前より、年も上だし、役目も上なんだから……」
 古参ぶったサー
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