迄に、更にパン焼職人であり、カスピ海の漁業労働者であり、踏切番であり、弁護士の書記でありました。これらの生活の間でゴーリキイの見聞きしたものはどういうものだったでしょう。旧い野蛮なツァーのロシアで、民衆は才能も生活力もはけ口を封じられていて、わけの分らない残忍さ、ひどい破廉恥と乱行。さもなければ生きながら腐ってゆくような倦怠、怠惰、憂鬱とけちくささが、ゴーリキイの人生をとりまいていました。その中から、ゴーリキイがあのように立派に、人間らしくぬけ出て立つことが出来たのは、どういうわけでしたろうか。それは、少年の頃から、ゴーリキイが、「人間をつくるのは環境に対する抵抗力だ」ということを感じていたからでした。ペシコフというのが自分の本名なのに、最大の苦痛――マクシム・ゴーリキイとペン・ネームをつけたゴーリキイの若い心は、いつも、「何とかほかに生きかたはないものか」という疑問に苦しめられていました。「人生全体がこんなものなのだろうか。私にも、これよりほかの生きかたはないのだろうか。」もがきながら人間らしい生活を求めたゴーリキイの少年時代、青年時代の姿は「人々の中」「主人」「三人」「私の大学」な
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