ぱり、はっきりとこだわりのない笑顔をしていた。わたしたちは、世界に選手権をあらそう若者たちに、漬物屋をさせる日本であるか、と痛切に感じた。まだ封建の気分がのこっている日本は、若人に対してほんとの人間愛に不足している。青年の新鮮な能力に負わすところは大きいくせに、ふだんの社会生活の感情のなかではその人たちの市民的生活の幸福について関心し、能力を温くはぐくむヒューマニティにかけている。時の花形になったとき、英雄に仕立てあげたときだけ、さわぐ。
八月七日の時事新聞に「渡米選手晴れの壮行会」の写真が出ていた。ひとめ見て、何となしはっとした。村山主将が立ってマイクの前であいさつしている。左側に古橋、橋爪その他の選手たちが並んでかけているのだが、その五人はいっせいに頭を下げ視線をおとし、悲壮めいた緊張につつまれている。快活な、スポーティな雰囲気よりも、かたい決意のみなぎるこの写真の空気は、わたしに複雑な思いをいだかせた。選手諸君よ、スポーツは全く平和の事業であることを忘れないでほしい。「戦後日本青年の態度を示す」ということは、かつてベルリン・オリンピックのとき、軍国主義日本が示した国威発揚的示威に正しい批判をもつこんにちの日本青年は、世界平和のためにこそ、平和日本のためにこそ、世界の民主的青年とともに競技するものであるという態度を明確にする以外にないことを銘記してほしい。[#地付き]〔一九四九年八月〕
底本:「宮本百合子全集 第十六巻」新日本出版社
1980(昭和55)年6月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
1952(昭和27)年1月発行
初出:「青年新聞」
1949(昭和24)年8月16日号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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