的推移の諸現実が、文学によって再現されるべき特殊性なのだと。――
 五ヵ年計画は、農民作家たちにとって画時代な経験としてあらわれた。
 ところが残念なことに、「同伴者《パプツチキ》」内の或る作家が階級の敵としてあらわれたようにこの農民文学の陣営からも、小さくない敵が発生した。敵というのは「工業化主義者の職場」という全露農民作家協会内の一味だ。
 農村における五ヵ年計画の根本は、生産手段の工業化だ。人間の手足と、馬と木の鋤を耕地からなくして、トラクターで耕し、蒔き、苅入れようというのだ。集団農場化は工業化を基礎としないでは成立しない。この一味の名称は一見いかにも階級的で、五ヵ年計画の課題にこたえているようだ。
 そこが手だったことを「ラップ」は発見した。革命的な、左翼的スローガンをかかげ、この「職場」に属す作家たちは、段々「ラップ」と党の文学的組織の中へ潜りこんで来ようとした。潜りこんで戦線を乱し、文学的運動を通じて農村における集団化の仕事を擾乱し、農民を反ソヴェト的団結に導こうとする計画だった。政治的な面ではブハーリン等を中心として農村の集団化をさまたげている反革命の分派が、農民の文学運動に潜入してトラクターその他の農村工業化の手段を富農層によこどりしようとするこんたん[#「こんたん」に傍点]であることが判明した。
「ラップ」に加盟しないプロレタリア作家と「同伴者《パプツチキ》」左翼とがあつまっている「ペレワール」という団体がある。ソヴェトの文学理論家として有名なウォロンスキーが組織者だった。
 ウォロンスキーは党員だ。そしてマルクシストだ。文学理論家としても、彼には認めるべき功績があった。ウォロンスキーは、将来、よいプロレタリア作家を出す層としてコムソモール、労働・農村通信員、労働大学《ラブファク》の若者たちに党の着目を向けた。検閲の改正を或る程度まで寛大にしろと云ったのも彼だ。プロレタリア作家の物質的条件の改善、文学の仕事の特長として特に作家の住宅問題が解決される必要を云った。『赤い処女地』の編輯者として、多くの若手作家を紹介した。そして、一九二四年代に、プロレタリア作家たちが、「工場的抽象的ロマンチシズム」に立てこもり、現実から離れた不自然な楽観主義で、所謂「木造の赤い聖画」(空虚な宣伝文学)制作に満足しているべきでないこと、過去の文学の伝統に対する清算主義を批判したこと等においてウォロンスキーは誤っていなかった。
 然し、当時からウォロンスキーはプロレタリア文学理論の中に、人道主義の要素をこねまぜる弱点があった。当時擡頭しはじめた「同伴者《パプツチキ》」に対して、彼等に共産主義的なイディオロギーを求めるのは無理だと云った。マルクシストで党員だけれども、ウォロンスキーは、文学好きで、文学の好きかたは芸術至上主義に陥りやすく、彼の文学理論には二元的な分裂がある。純粋の文学と、宣伝文学と二つが別なものとしてウォロンスキーに認識されている。純粋文学制作において、作者の政治的認識は問題にする必要ないという考えが、「ペレワール」の理論的柱となっている。ウォロンスキーのこの二元的な種別はあきらかに間違っている。
 現在ソヴェトの作家が社会主義を建設しつつある社会のなかに住みながらその社会から取題して小説を書き詩を書くのに、どうして政治的認識ぬきで、題材の正確な、階級的把握が可能だろう。「ラップ」のキルションが、一九三〇年の党大会における報告演説の中で、「ペレワール」のこの傾向に触れた。「いや、我々は云わなけりゃならない。現在こそ、今までの何時よりも、ソヴェト作家の各層に、政治的立場の決定を要求しなければならない時なのだと。」この発言には前進するソヴェト社会の必然が語られている。
 ソヴェトのプロレタリアートは革命以来、目のまわるような十数年を生きた。四方八方で新しい社会への基礎工事がはじまり、そのために有用な知識は、どんなものでも生かして使われた。マルクシストと自称する一群のレーニン主義を理解しないマルクシスト[#「マルクシスト」に傍点]さえ、「マルクシズム同盟員」として、働きを与えられていた。
 五ヵ年計画はソヴェトの建設政策の歴史の上でも、最も具体的なレーニン主義的な現実変革の一例である。この歴史的な発展期に「マルクシズム同盟員」のこれまでの考えかたのあやまりが明瞭になったのはこのウォロンスキーの例ばかりではない。やっぱりソヴェトのマルクシズム文学理論家として、モスクワ大学に講義しているペレウェルゼフ教授も、現実によってきびしく批判された。
 ペレウェルゼフの誤謬は、機械主義にあった。彼の考えかたによると、主観は客観条件の全然機械的な反映だということになっている。文学理論にそれをあてはめると、社会の客観的事情が、ただ作家の主観を
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