す。けれども、支えて放たれない光りを背に据えた一連の山々は、背後の光輝が愈々増すにつれて、刻一刻とその陰影を深めて参ります。そして、宛然《まるで》蹲る大獣のように物凄い黒色が仄明るい空を画ると、漸々その極度の暗黒を破って、生みたての卵黄のように、円らかにも美くしい月が現われるのでございます。真個に、つるりと一嚥にして仕舞い度い程真丸で、つるつると笑みかけた黄金色《きんいろ》のお月様! 黄金色《きんいろ》のお月様!
此那晩、私共は到底じっと部屋に居る事は出来ません。露の置いた草原を歩み踰えて、古い楊柳の下に繋いだ小舟を解くと、力まかせ水の面を馳け廻ります。子供が大喜びの呼声を上げて野原を馳けるように、我を忘れた嬉しさで櫂を動すのでございます。先生、先生は、月夜に立ちのぼる水の、不思議に蠱惑的な薫りを御存じでございますか、扁平な櫂に当って転げる水玉の、水晶を打つ繊細な妙音を御存じでございますか。――
けれども、自然は決して単調な議事ではございません。時には息もつまるような大暴風雨で、小さい人間共の魂を、いやと云う程打ちのめす事もあるのでございます。
(其二)
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