とを持って居ります。本が面白かった許りではなく、僅かな時の間に、彼程退屈だった雨が急に晴れ上って呉れた事がすっかり私の気分を明るく仕たのでございます。
 澱んで居た雲が徐々に動き始めました。絶壁のように厚い雲の割目から爽やかな水浅黄の空が覗いて、洗われた日光がチラつく金粉を撒き始めます。此の軽い大気! 先生、うんざりする雨の後に、急に甦って輝く森林や湖水、其等の上に躍る日光は、何と云う美くしさでございましょう。水溜を跳び越えながら、一寸頭を擡げて空を仰ぐ若い女の影。馳け廻る犬の愉快な※[#「鼻+臭」、第4水準2−94−73]《スニッフ》。
 陰影が出来、光輝を与えられて漸々立体的になった万物は始めて生きたものらしい活気を盛り始めました。体中の毛穴から、一時に心に迫る新鮮さに浄められたようになって、私はすっかり御機嫌をなおしたのでございます。
 C先生、
 斯うやって物を書いて居る私の窓から瞳を遠く延すと、光る湖面を超えて、対岸の連山と、色絵具で緑に一寸触れたような別荘とが見えます。其等の漠然とした遠景の裡から仄白く光って延びる道路に連れて目を動かすと、村で一番大きな旅舎《ホテル》の伊太
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