慕う娘、そういう関係は永い歳月のうちに次第に変化もし、成長した。この三四年間には父と一緒に過す楽しい数時間、或は真面目に落着いた短い会話が、揺がぬ充実感で互を満すところまで高まっていた。言葉で云いつくせない人間としての信頼が互を貫いていた。
 父に死なれて、私は初めて此の世に歓喜に通ずる悲しみというものも在り得ることを知った。本当に私は悲しい。しかし、その悲しさはいかにも広々としており透明で、何とも云えぬ明るさ温さに照りはえている。その悲しみがそんなだから、その悲しさではどう取乱すことも出来ず、またどう心を傷つけ歪めることも出来ない。そんな風に感じられる。生活が避けがたい波瀾を経験するようになってから、私は自分の愛する父と、たとえいつ、どこで、どのような訣れかたをしようとも、万々遺憾はないように、そういう工合に暮して置こうと心がけていた。その気合いは父にも通じていた。それにしても、その互の心持はまことに、こうもあるものか。おどろきの深い心持がある。このおどろきの感情が脈々と私を歓喜に似た感情へ動かしたのであるが、今年の二月・三月は春になってからの大雪で、私が生活していた場所の薄暗く曲っ
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