ですよ。家庭の妻の負担は、本当にへります。御存知でしょう? 寝床つくりが一仕事なのを――ね」
 そして、今度は細君が、一つの戸棚のようなドアをあけて、流し元を見せてくれました。一つの窓もない箱の中に、昼間の電燈がキラキラして、手をのばせば、万端の用事が済むように出来ています。何と能率的でしょう。でもまた、何と薬局めいているでしょう。ベッドにしても、それが開いて下りて来ると殆ど室一杯になって、本を読むせきもないようです。
 丁寧に感謝して去りましたが、私の心にはその時から深い疑問が残されました。「人間の家族が、ほんとに人間らしく暮すには、どれだけの空間がいるものだろうか」と。

 こういう空間の能率化は、何から考えられて来たのでしょう。人間の人間らしさを求めてのことでしょうか。決してそうではなさそうです。地代は平面で算出されます。其故、上へ上へと積上げた空間のそのまた平面を、最少限の面積で、最大限の能率に活かすアパートメント経営者の、才覚にほかなりません。そういう人間用の巣箱を「わが家」と呼んで、近代社会の何千万人が、せせこましい、律気な、名のない大衆としての生活を送っているのです。
 
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