いの?」「あとで一寸かあはんにさろうてもらうのやけど今日はあっちに行くからいいの……」「誰か帰って来ないうちに二人きりほかきかしたくない話があったらしちまわない?」「あんまりありすぎるやさかえ……でもわて東京のいとはんに会ったのあんたがはじめてやさかえうれしいワ、ほんと……けどあんまり早口やさかえ話が分らん事もあるワ、けど……こんなに今仲ようしててもあんた東京に帰っておしまいやはったらもう、ここ一足はなれたらサッパリ忘れて御仕舞やはるやろナ」「何故そんな事ってあるもんですか忘れるほど一寸っかつきあわない人には私の思って居る事なんかはなさないから――いつまでも仲よくしてられますとも東京に帰っても、――どこのはてまで行ってもさ」「でも不安心や、何だか忘れて御仕まいやはりそうで――そん事の悲しい事思うと今でも涙がほんまにポロリー、ポロリってこぼれるワナ」「そんなら一っそ起請文書いて小指を切ろうかしら」「それもいいやろ、けど笑われるワナ、そなような事したら御座敷に出て笑われるやろキット……」「はく情な事でもどうせそんな事しないからいいけど……。一寸会っただけでどうしてこんなに仲よくなったのかしらん……」「神さんの御ひき会せや、二人で御礼参りに行ってきやはらない、じきそこやさかえ、これまで毎朝御参りして居たの……」「何故やめてしまったの行ってればいいのに――」「もういいのやきまってしもうたのや」「何がきまったの? 私ちっとも分りゃしない、一人でうれしがってたって――」「云わんほがはなや……分っとるくせしてあかん人や……」お妙ちゃんは溢れそうに笑いながら長い袂で私を打つふりをする。
私達は二人でお互によっかかりっこをしながらこんなとりとめもない、そして美くしい気持で薬玉の方や小猫や白粉の瓶や、そんなものを見ながらはなし合って居た。すじ向いの家で二絃琴を弾いて居る。お妙ちゃんはそれにかるい調子で合わせて居たがフッとだまって私の横がおをジーッとまばたきもしないで見つめて居る。「ドうして? 何んかくっついてる?」私はこんな事をきいた。「どうもせんけど……別れてしもうた時よく思い出せる様によく見とくのや……その方がいい思うてナ」「だってまだ七月の今日十六日ですもん九月の中頃でなくっちゃあ帰りゃあしないんだもの……。若しあんまり二人で別れんのがつらかったら京都の娘になっちまいましょう、
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