ず健な心臓と頭を持って生活して行けるので私の周囲に起って来るそう云うみじめな事柄を見ききすると実にたまらない様になって来る。
「幽霊」のオスワルド・アルヴィングが受けたと同じ深さの苦悩が彼の人の胸の中にも横わって居るのである。只その苦悩が外に現れたのと、劇しい争を眼に見えぬ心の中でして居るのとの違いがあるばかりである。
或る種の病の様にその生命が危険になった時には既に意識を失って居ると云うのなら幾分苦痛をのがれる事も出来様けれど、最後の一息を吐く瞬間まで明かにすぎる頭のままでなやまなければならない気持を私は心から同情するのである。
私はその人達の親をせめるのである。
親がその子と云う血肉の分れたものを此上なく愛すると云うのなら、何故、楽しかるべき世の幾段かの階をふませた後に生を奪うみじめさを思わないのであろう。何故始めから、今日こぼすいとおしみの涙をこぼして、静かに安らかな未来の国の子供となし得なかったのであろうぞ。
私は、親となった人達の無責任さを、その罪の浄むべくもあらず深いのを力の有らん限りせめたいのである。子孫を産み養い育てる事は人としての義務ではあるとして、箇々の人にとってはそれが必しもその人に対しての最も適切な義務ではない事があるのを思わねばならないではなかろうか。
私は重くなった様な頭をあげてほの暖い夕闇のあたりをながめた。
底本:「宮本百合子全集 第三十巻」新日本出版社
1986(昭和61)年3月20日初版発行
※1915(大正4)年9月8日執筆の習作です。
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2008年2月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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