理について、夥しい問題を呈出している。これらの問題の中には読者にとって明かに普遍性をもった性質のものとしてうけとられ、真面目な考察に導かれるものもあり、率直に云えば、誰でも皆こういう場合こう感じ、表現し、行動するのが普通であろうかという極めて自然な疑問に逢着せざるを得ないような心理のモメントもあると思う。
 作者は少くともこの作品の内部では、それらの二様のものの性質を、現実に作用し合う因子として十分に意識し、その本質を追求し、発展の方向に捕えて観察しつくしているとは云い得ないように思える。双方が縺れ絡んでいる、その渦中に身はおかれたままである。その結果として、作中に事件は推移するが、全篇を通っているいくつかの根本的な問題、小説の抑々発端をなした諸契機の特質にふれての解決の示唆は見えていないのである。
 それにもかかわらず、「くれない」は、その真摯さと人間的な熱意の切なさとに於て、わたし達を揺ぶる作品である。この作品に描かれているような波瀾と苦悩の性質について、そこからの出道について深く考えさせる作品である。
「くれない」を読む人々は、おそらく「キュリー夫人伝」をも愛読する人々であろう。女性によって書かれたこの二種の本は、業績の相異とか資質の詮索とかを超えて結局は人類がその時代に潜められている様々の可能を実現し、花咲き実らすためには、どのような良心と、精励とが生活の全面に求められているかということについて、男性の生涯へも直接関係している一つながりの問題を示しているのである。[#地付き]〔一九三八年十一月〕



底本:「宮本百合子全集 第十一巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年1月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
親本:「宮本百合子全集 第八巻」河出書房
   1952(昭和27)年10月発行
初出:「法政大学新聞」
   1938(昭和13)年11月20日号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年2月17日作成
青空文庫作成ファイル:
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