はしがき(『女靴の跡』)
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
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(例)[#地付き]〔一九四八年二月〕
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一九三三年ごろから最近までの十二、三年の間日本の文学者たちの経験したさまざまの苦しい境遇は、ほんとうに日本の全人民の辛苦と共通なものであった。みんなが、自分の思うこと、正しいと信じる自分の判断について、口をふさがれていたとおり、作家もあらゆる率直な表現をはばまれて来た。小説が、真実に人民的な歴史を映すテーマで書けなかったように、評論も客観的なよいところを抹殺されて、文芸評論でさえ、文学史を逆行した鑑賞批評しか存在を許されなかった。その時代に一つの現象として随筆の流行が見られた。いろいろ個性的な色彩をもった随筆がうかがわれたが、その中には、一応随筆の体裁をもちながらも、その奥には何となく魚のような背骨をひそめていて、小さくても弱くても、人間の生活と芸術のまともさを守り、その希望の閃きを見失うまいとした随筆もあった。評論も小説も、自分にとって自然な形で書けなかった何年かの間に、わたしがいくつかの随筆のような
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