のもそれが最後で、きょうまでの月日が流れた。今の私には、おとなしい縹緻よしでものも出来たおけいちゃんが、呑口つくりの娘としてめぐり会わなければならなかった境遇というものを沁々と思いやることが出来る。本当に、今はどうしているだろう。
 昔『若草』という雑誌に「紅い玉」というおけいちゃんの思い出をかいたことがあった。もし、そんなものでもよんで便りをくれはしまいかと、その期待の心もその文章には書きあらわしたが、何のおとさたもなかった。富豪の思いものとなったのが本当なら、もしや、あのおけいちゃんも、粋と富貴をとりまぜた装で私などのわきは、すーと通りすぎてゆく心になって今日を生きているのでもあるだろうか。

 女学校時代の友達というものも、おけいちゃんとはちがう形ではあるけれども、やっぱり夫々境遇というものに支配されて、昔の四人組も、思い出のなかのものとなってしまっている。やはり文学がすきで、作文のなかに漱石もどきに、菫ほどの小さき人云々と書いたりしていた高嶺さん。ショルツについて分教場でピアノを勉強していたこの友達は、独特なシントーイストの妻となって、小説を書く女とのつき合いなどは良人であるひとからとめられている様子である。この四人組の一人であった千枝子さんという友達の白山御殿町の家へ、五年生の夏休みの或る夜、私が書きあげたばかりの小説をもって夢中になってかけつけて行った心持も、思い出せばほほ笑まれる。
 世間でいう相当の家庭の娘たちを集めていた女学校などというものは、結婚も所謂相当なところにされ、そのひとたちの生活が全くその規律のうちに運ばれ、やがては憔悴して、儚いところがある。同じ年の卒業生は一つの組で三十二人ほどであったが、そのなかで現在何か仕事をもって生きている人というのは、あるかしら。
 却って、その時代には先生であった方のうち、二人ほどの方々が今も私の先輩として、友達として、つき合いも保たれ、生活感情も流れあっているのは、女の生活に反映してくる社会性の意味で興味ふかいことだと思う。その一人の方には最近清少納言研究の面白い著作がある。女の生活の現実でもやはり仕事が友情を育て保ってゆくところが、私たちをよろこばせもし、また考えさせもするところではないだろうか。
 目白の女子大にいたのは、ほんの一学期であったが、ここで知った網野菊子さんは、今も私の誠意ある友達の一人である。野上彌生子さんその他何人かの友達も、やはり文学を中心としてその歴史をさかのぼり、今日まで流れすすんで来たりした過程にめぐりあった友達である。
 ロシヤ語の専門であった湯浅芳子さんとは何年も一緒に暮し、外国旅行もし、丁度私の生涯の一つの転換時代であったから、互の感情生活も極めて複雑であった。友だちとのいきさつでも、つきつめたところは全人格のぶつけ合いである点、時にはなかなか激烈な人間交渉を生じる。精いっぱい、自分が人間としての全力をひきしぼらなければならないような場合が、千変万化の形であらわれて、友情にも、クリシスがある。
 社会的な動的な性質がその友情のなかに多くこもっていればいるほど、歴史の波や個人の事情が二重に映り作用して、誠実な人の心と心との間では、夫婦の間におこるとはおのずから異りながら、おのずから同じところもある発展の道ゆきがあるのではないだろうか。

 窪川稲子さん、壺井栄さんなどとの互の心持の関係は、友情もひととおりのものでなく、そういうところまで行っているのだと思う。そして、めいめいの良人に対する友情も、謂わば互の心にある妻としての情愛を互に理解した上でのようなところがあって、友達としての良人たちに対する直接の友情にもう一つ女としての微妙なニュアンスを加えているところも面白い。みんな文学の仕事をしていて、それぞれがそれぞれにちがう作風をもっていて、そこまで成長して来た生活の出発は、故郷がちがう以上まるで互に異っている。その三人が、東京が首府だから自然そこに落ちあったというばかりではない歴史の動きにめぐり合いの機会を与えられたということも、女同士の友情、また婦人作者たちの間にある友情として、やはり新しい性質を含んでいるのだと思われる。
 女同士の友情なんてあてにならず、あるかないかも分らないものとされたのは、女が自分の生活の主人でなくて、受け身におこる様々の悲喜を全く自分一個の幸不幸の範囲でだけ感じていた時代のことではないだろうか。女の友情も、今では現実の社会感情としての本質のなかに男が友を得るのと同じ、己を知ってくれる者を知るという要素が多くなって来ていると思う。女の友情の地盤もそれを思えば随分ひろげられもし強くもされて来ているのだ。
 考えてみると、私は本当にいい友達を持っていて、それはありがたいことだと思う。男の友達でも、幾人か親身のつき合
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