に傍点]人類の勇敢さというものを無際限、無条件に肯定しかねる心理が存在した。自由市民が労役奴隷に対して、どたん場で発揮し得る絶対権力があった。その姿がそっくりそのままギリシア伝説におけるジュピターの専制権力として反映した。かりに優秀な人間的力量にめぐまれたある奴隷が、奴隷として許された限界を突破して――主人の繁栄と利益のためにだけ献身するという目的を破って、自身の解放のためにその才能を活躍させるとしたら、奴隷所有者の不安はいかばかりだろう。奴隷の能力は、公平に評価され、愛され、一応の屈辱的待遇より彼を自由にするであろう。だが、決してそれは条件なしではなしに――決してそれが、自由市民の安定と繁栄とをゆるがさない条件の下において。――さもなければジュピターはたちどころに天罰をくだすだろう。奴隷自身の自由のための奮闘は、所有者にとって反逆とうけとられる。反逆という観念は、所有者の政策に反した。イカルスを死なせ、プロメシウスをさいなむような残忍さで、主人の怒りは才能と勇気のありすぎる不運な奴隷の頭上におちかかるだろう。身のほどを忘れるな。ギリシア神話における自由の矛盾のかげには、このような奴隷
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